第5話 即位式と、展示会と、政治会合

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「『災厄』の脅威は取り除かれた。災厄の終焉とともに『遺構』は崩壊したが、この地上から消えてなくなったわけではない。遺構を支配下に置き、その所産を人間の幸福に役立てることは、志半ばで斃れし我が父、その悲願でもある」  そんな風に語っているのは、御歳十歳になられるという若きヴォルハイム大公、アルトゥルだ。短い金茶色の髪に、あどけない顔立ちをしているが、引き結んだ唇は厳めしさをたたえている。  それを見守るのは我らが主君にして我が姉の夫たるリヒャルト公爵だ。公爵はしばらく黙っていたが、慎重に口を開く。 「問題は、そこにあるのが破滅的な兵器であろうことです。災厄は容易に人類を滅ぼし得た。それが停止し得たのは、いくつもの幸運が積み重なってのことです。それらの兵器を手にしたところで、人間の手には余るのではないでしょうか」  リヒャルト殿下のそんな言葉に、ヴォルハイム大公は不満げに鼻を鳴らすのだ。 「弱腰だな、ランデフェルト公。そこに破滅的な兵器があるとするならば、なおのこと我々が先に手に入れねばならない。敵の手に渡ればそれこそ待つのは破局のみだ」  そんな大公の言葉に、リヒャルト殿下はさらに考えこんでいる様子だった。 「……それは、否定しかねます。私が主張するのは、ただ慎重に。遺構からの技術発掘は、管理体制の構築と同時に行わねばなりません」  大筋では同意ということなのだろうか、会議の雰囲気は激論が交わされるよりは、慎重に詳細を詰めていくような流れに移行しつつある。  三日がかりで執り行われた即位式が終わり、ヴォルハイム同盟の意志決定主体である『七人委員会』が開催された。これは新大公のお披露目とともに、政治的に重要な案件を同盟諸国が話し合う場として設けられたものだ。俺たちの所属する国は、数十の小国からなるヴォルハイム同盟に所属している。各国は現在空位になっている皇帝を戴いていて、諸国は皇帝から封じられた地方領主という名目だったが、実質はヴォルハイム大公国が盟主として君臨していた。  ランデフェルト公リヒャルトも委員会のに加わっていた。元々はこの委員会では末席だったランデフェルト公も、今では発言力は決して低くないようだ。  俺はといえば、リヒャルト殿下の背後のボックス席からその様子を眺めている。会議に参加する主君を見守り、必要に応じて補佐するためにこの場所に詰めているが、特に仕事が発生するわけでもないので、ただ会議の様子を観察するだけに終始している。技術相談役というのが俺の肩書きで、元はアリーシャが就いていた立場との同じとのことだ。  この会議で交わされている議論だが、この話には俺たちの歴史の在り方が深く関わっている。俺たちの歴史では災厄という存在が長いこと、歴史を影から支配していた。それがつい何年か前に歴史の表舞台に突然現れたが、速やかに解決され、人間の歴史の有り方が大きく変化しようとしている、そういう話だった。そして、『遺構』とは、災厄が拠点としていた謎めいた施設で、長らく伝説的な存在になっていた者だ。  俺も災厄を目撃した。それは圧倒的で、凄まじい印象を受けたが、それだけにあっさり解決されてしまったのは不思議とも言えた。なんでも、アリーシャが謎の知識を使って解決してしまったらしい。平民だったアリーシャが現在は公妃という立場にあるのはそのためで、『救世の乙女』とかなんとかいう恥ずかしい称号もそれを指したものであるらしい。  だが、姉がそんな存在だからと言って、俺が詳しい話を聞かされているわけじゃなかった。この会議で交わされている議論すら、俺にとってはちんぷんかんぷんだ。だから本来はアリーシャがこの場にいなければならないのだが、身重のため今回は公国の留守を預かっている。
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