第5話 即位式と、展示会と、政治会合

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 傍らの人物が身動きする気配に、俺はそちらの方を向く。エックハルト様だ。  エックハルト様は険しい顔で、終始この会議を見守っていた。感情の籠もらない冷淡な表情だが、眉間には皺が寄せられている。 が、俺にはしていた。 「何か、問題でも?」 「何ですか?」 「会議の成り行きに、あまり納得がいっていない様子ですが」  俺はそう尋ねてみる。公爵が遺構探索への大筋での同意を口にした瞬間、エックハルト様の顔が歪んだように、俺には見えたのだ。 「……私は、あなた方とは違いますから。技術的な詳細のことは分からない」  エックハルト様は足を組み換えて、そう口を開く。 「後戻りできない道に踏み出していいのかと、そう思っているだけですよ。我らが主君の仰る通り、我々が救われたのはいくつもの幸運に助けられてのことで、それ以外ではない。人間の文明がそれを扱えるほど成熟しているのか……彼女がそれを、我々の目からは隠しておくことを選んだのだとすれば」  普段は口の立つエックハルト様らしくなく、考え込みながら訥々と言葉を探している様子だった。だが、最後の言葉は俺には引っかかる。 「え?」 「あ……いえ。すみません。何でもありません。ヨハン殿には関係のないことです」 「……そうですか」  そんな風に俺は答えたが、納得は行っていない。  アリーシャが災厄を『最終的解決』した場に、エックハルト様もいたのだという。だから、エックハルト様は俺が知らない物事を知っているはずだ。遺構の存在を人間の目から隠しておいた方がいいと考える『彼女』とは、一体誰なんだろうか。アリーシャのことなんだろうか。アリーシャって、そんな風に考えるやつだったか?  それは、アリーシャが、俺の知っている姉のアリーシャなのかという問題と言ってもいい。  アリーシャは、いつからかこの世界の現在の水準を超える謎の知識を得た。アリーシャはそれについて、俺に説明してくれたことはない。俺はそれについて少し考えてみることがある。  この世界には何か、人智を超えた仕組みが存在していて、それによってアリーシャはその知識を得たのだろうか? そうだとすると? そうなのかそうでないのかという疑問については、その知識が本物である以上、そうだと言わざるを得ない。  とすると、次の疑問がある。その知識を得たアリーシャは、その知識を得る前のアリーシャと同じ人間なのか、そうでないのかということだ。  もし違う存在になってしまったとしたら、肉親である俺にはそれを教えてくれないだろうという気がする。それはかなり気が滅入る可能性だ。たとえ元々のアリーシャが何の変哲もない田舎娘で、今のアリーシャが、何か、神のごとき知識を得た存在だったとしても。  ただ、じゃあ今のアリーシャを俺が自分の姉、家族と思えないかというと、別にそんなことはない。今ではあの姉は堂々としているとはいえ、変なところで間が悪かったり、内気ながら悪戯好きのタチの悪い女だってことはあまり変わらない。それから、姉らしい心遣いも。その感覚は、アリーシャが今も俺の家族のアリーシャだということを、俺に伝えている。  きっと、知識を得るというのは、それまでとは違う人間になることなのだろう。俺だって知識を得て、昔とは全く違う人間になった。そんな風に俺は、半ば強引に自分自身を納得させていた。
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