第3話 開店と、ガラス窓と、石ころ

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 投石の犯人はすぐに捕らえられた。  近隣に住む不届き者で、格段の意図はなく、ただ騒ぎを起こそうというだけの犯人だった。  だがガラス板は高い。そんじょそこらの庶民に購えるような金額ではなく、賠償できなければ懲役刑だ。いたずらの代償が懲役とは少し可哀想な気もするが、悪意とは然るべき代償を払わされない限りは、膨らむ一方の代物だ。  公宮の兵士の助けもあり、野次馬は早々に整理され、店内のガラスも片付けることができた。開店は急遽取りやめになったが、それも致し方ないことだろう。店内の片付けをヴィルヘルミーナは気丈に取り仕切っていたが、内心ではどうなのかはわからない。  一方の俺は、割れたガラス片を検分していた。  ガラスが割れるのは、硬くて脆いというその素材の性質によるものだ。割れないガラスを作ることができていたなら、こんな目には遭わずに済んだはずだ。だが、割れないガラスなど作ることができるのか。そんな方法が果たして存在しているのか。  答えは見えてこない。  そんなことをしているうちに日も暮れてしまい、部屋で大人しくする時間になってしまう。いまだに考え事をしつつも、俺は自分の部屋へと上がっていく。  それは明らかに間違いだ。だって俺は義足なのだから。階段を上がるにも、集中力を切らしていたらならない。  義足の先端が階段を捉え損ねる。  後ろに転ぶのだけは避けなければならない。  俺は前へと倒れ、数段を滑り落ちる。  顔を階段の角で擦り剥いたような気がする。 「ヨハン!」  叫び声がする。物音を聞きつけたヴィルヘルミーナだ。  駆け寄ってくるだろう彼女に、冷静に口を開こうと思ったものの、意図せず俺の語尾は鋭いものになった。 「手を貸すな!」  数秒、俺たちの間に沈黙が流れた。 「……もう、やめましょう」  掠れた声で口を開いたのはヴィルヘルミーナだった。 「……どうするつもりだ」 「もう、いいですわ。わたくしのわがままに皆様を付き合わせて、申し訳ございませんでした。そんなあなたを三階に住まわせておくわけには行きませんわ。一階をあなたのお部屋にしましょう。……店は、片付けて」  すっかり悄気た様子で、そんなことを口にするヴィルヘルミーナ。それが俺には、いかにも気に食わない。 「それこそ余計なお世話だよ。俺の足のことはあんたにゃ関係ない、全く。これは俺が決めたことだ、あんたが来る前からな。生活のことはお互い干渉しない、そういう約束だろうが」 「……でも!」  と言うヴィルヘルミーナに、俺は軽く息を吸い込んで、吐き出す。 「言っとくが、俺はこんなことでへこたれちゃいないし、諦める気だってない。俺の鼻っ柱おるには、あんな石ころじゃどうにもならん。そこは理解しといてくれ」
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