第4話 仕切り直しと、舞踏会

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 果たして、舞踏会の日だ。  それまでの準備期間、ヴィルヘルミーナたちは何かと立ち働いていたらしいが、俺には大してやることはなかった。そもそもそんな舞踏会自体、俺には関係ないんじゃないかと思ったが、出席はしなければならないらしい。  そのアリーシャだが、階上に設えた席に腰掛け、舞踏会の様子を控えめに見守っている。妊娠中ということもあり、今日は階下に降りていくことはしないようだ。その傍にはリヒャルト公爵が佇んでいて、お互い視線を交わし、こちらには聞こえてこない二人の会話をしている様子だった。  俺はアリーシャとの会話を思い返す。公妃という立場になって、姉はだんだん深慮遠謀を働かせる人間になったようだった。立場が人を変えるということなのかもしれないが、公爵からの愛情を受けて人間が変わったということなのかもしれない。  とにかく、今日の主役はヴィルヘルミーナだ。例のドレス、それも豪奢で、奇抜で、しかも優美なとびきりの衣装を身に纏い、何人もの殿方からの踊りの誘いに応じている。その中にはエックハルト様もいたような気が、俺にはしている。エックハルト様は、ヴィルヘルミーナみたいな貴族の女を引き立てる役に進んで立ち、その役割を完璧にこなしているが、内心はどうなのか俺には窺い知ることはできない。  俺はといえば、階上の隅で舞踏会の様子を見守っているだけだ。一応参加の手筈にはなったものの、特に舞踏会の参加者に数えられているような気もせず、どういう立ち位置なのか判然としない。とりあえず、召使に数えられてはいないようで、その点は助かったのだが。  しかし、参加もしない舞踏会をただ眺めているほど退屈なことはない。思わず欠伸が漏れてくる。 「踊りませんの?」  声を掛けられる。ヴィルヘルミーナだ。  俺は無言で、自分の片足を指し示すだけに留める。 「……あ」  小さな声を上げて、ヴィルヘルミーナは後ろめたそうな顔をする。  すっかり朴念仁の評価が定着した俺だが、別にダンスが苦手というわけじゃなかった、アリーシャと違って。まあ、義足になってしまってはもうそんな評価も意味はないわけだが、だからってそんなに気に病んでいるわけじゃない。俺には俺のできることしかできないし、俺にとって大事なのはもっと別のことだ。どうも俺は、年齢と共に偏屈になっていくらしかった。 「こんなところで油を売っている場合じゃないだろう。せいぜい愛想を振りまいてこい」 「……分かってますわよ!」  そう叫んで、また階下へとヴィルヘルミーナは降りていく。 「お前が掛け値なしの野蛮人ってことは、俺は分かっている。だが、そうでない振る舞いができるし、それを最大限活用して、これからも生きていくんだろう。だから、お前の力を発揮してこい。それが一番発揮できる場所で」  そう低い声で呟いた俺の言葉がヴィルヘルミーナに聞こえたのかどうか、彼女は足を止めることなく、また舞踏場へと踏み出していった。
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