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飛べずの山の賢者
季節は春の半ば。風はまだ時折冷たくなるものの日差しは温み心地よい日が続く。
しかしそんな気候に反するかのように、男の眉間には深く皺が刻まれていた。
通りの良い声を放つ口からは言葉数が減り、黄昏時の空を写したような落ち着いた色合いの眼は鋭さを増したように見える。
ただでさえ獣人の内にある獣の質が強い男だ。低いうなり声を鼻先に響かせつつ、その青みを帯びた白銀の髪をわしわしと荒く手で乱し、額の角を掻く仕草でも取ろうものなら、運悪く光景を目にした者には悪意無くとも怖れを感じさせてしまったことだろう。
男がこうなったのは、ひとつひとつは小さな事であったけれど、それが時を同じくして見事に重なり不可抗力な事態を起こして仕事を停滞させてしまったことに起因する。
事態に繋がる仕事の指示を出してきたのがこの男だ。最終的に責任は彼にあるのだが、原因自体は彼のせいでない事は誰もが理解し察していたのだけれど、流石にあれでは近寄り難いと、恐れを含んだ苦情が周囲から出始めてしまった。
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