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「珍しいな、風が無い」  一晩休んで身体も調子を取り戻したのか、出会ったときに見たような顔色の悪さを消した男が、鮮やかな鮮血色の眼を外に向けながら驚き混ざりの声で言った。 「こういう時に山の上に出られると面白いんだよ。雲が一面地上を覆っていて、高い山の頭しか見えないんだ。ああ、でも翼があって空の高い所を飛べるきみなら、これといって珍しくもないかな」 「雲海ですね。空と陸との視認感覚が狂いやすいから翼のある者でもこんなとき高く飛ぶ事は稀ですよ。ですから、ここまでのものは珍しいことには変わりない」  その頃には相手に向ける口調も不思議と変わっていたのだが、ロウは無自覚のまま、男と語り合っていた。 「そうなのか。……僕にも翼はあるけれど、高く長く飛べるほどじゃないからなあ。だからか昔から高い山が好きでね。この飛べずの山は、翼があろうと無かろうと足で登るもののみを空に近づけてくれるから、特に」 「そういえば、この山周辺で飛ぶ事が禁じられているのは、山の周りに吹く風が入り組んでいるからだと聞きましたが……」 「だけど、登ってくる間そのようには感じなかった、か?」  男はロウの問いに先を読んだように返した。その通りだというロウの表情を見て頷くと、その疑問に対する答えを述べる。 「ここは常に風が入り乱れているわけじゃないんだよ。風が大人しいときもあれば、今みたいに無風な日だってもちろんある。特に山道は風の影響を受けにくい所を選んで先人達が切り開いたものだから余計だろうな。……だがここは天候の境界が出来やすくてね、季節を問わず急激に雷雲と突風を呼び寄せるんだ」  突然、躱す術もない強い風が上から下から押しつけてくる。それはもう風というより空気の重しだ。風は肌で感じるものだが眼には見えない。気づいたときにはもう遅く、最悪上空にあるうちに気を失い、高く持ち上げられたと思えば勢いづけて谷に叩きつけられそのままだとか、良くても翼を折った者が何人も居たのだろう。男は緩く陽の光が入り出した雲の方へと視線を向けたまま、語る。
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