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低く吐き出された言葉に、向けられた側の男は眼を瞬かせた。 「山側の気持ち? 不思議な事を言うねきみは。山はそこにあるだけで気持ちなど……ああ」  もしかして。言って、男は何かを汲んで取る。 「もしや、きみは……」 「俺は」  ぽつりと、ロウは口を開く。 「……俺はいくさ場に出て行く者でした。一方的に命を奪う風のように振る舞うこともありました。今だとて、将の位をこの国の王から頂いたからには国に敵対する者あらばこの爪を血に染めることもありましょう。……ですが、俺は、この国に辿り着く前、本当ならば守らなければならなかった者たちの命さえ、奪った者でも、あるのです」  後悔の言葉は自然とロウの口から零れた。語り聞かせた相手は片手で足りるほどなのに、会ったばかりの、どこの誰ともこの時点ではわからなかった相手に向けて。  育んだというのはロウではないが、慈しみ、育ててくれた者たちの命を奪うことになった過去がロウにはある。竜骨の峰の間に吹き荒ぶ吹雪で翼を折り、爪を失い、それでもまだロウを信じ、愛し、生かそうとした者たちの血肉をその牙で奪って、今があるのだ。 「これ以上の不幸が起きず豊かさが続くように、力のある者ならば民に祈りを、望みを向けられるのは当然だ。俺もそこにあるからには、できる限り、応えてやりたい。でも……。吹っ切れたところは多いはずなのに昔の出来事がちらついて、俺が取る行動の、発する言葉の、一つ一つが正しかったのかどうか、時折わからなくなるのです」  喉の奥、声と共に口に響くのは血の匂いか。ロウが苦悶の表情で投げかければ、男は口元に細く笑みを刻む。細い腕が、ロウの肩を軽く叩いた。 「……そろそろ行こうか」  ゆるく風が動いて、雲が降りていく気配があった。山頂を目指そうと話を切り替え、男が先に山小屋を出た。  ロウの目に映るその背中は、いつの間にやらか細く弱く頼りないものでは無くなっている気がした。
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