予約

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 ***  せっかく先輩(誰かの彼氏)と帰り道が一緒だったことに気づいても、今となっては悲しくて仕方がなかった。先輩(だけど誰かの彼氏)と肩を並べて帰っているのに、私はこれ以上どう足掻いても先輩(かつ誰かの彼氏)に近づけない。触れるどころか、ただの上級生と下級生の関係以上になれないという現実。  覆すためにはどうしたらいいだろう。こうなったら、過去の私が自分の腹を裂こうとしていた包丁をひったくって、それを先輩の彼女を自称するアヤネとかいう女の同じ部分に――。 「にしても、もっと早くに話したりしていてもおかしくなかったのに、不思議なもんだよな」  先輩はしみじみとそんなことを言う。私の気持ちも知らずに。まあ言ってなかったから知らないのも当たり前だというか、仮に高校生の私が先輩にアタックしたところで、自動車の衝突試験みたいにキラキラとガラスの破片を散らしながらスクラップ間違いなしだったと思うけど。  ちょっと待て。今はどうだろう。実家も出るしどうせ同じ高校の同級生は誰も来ないし、と私は大学進学と同時にオシャレに精を出すようになった。あの頃は木の棒とベニヤ板だった私の矛と盾だけど、今は槍と鉄板くらいには進化した自信がある。だいたいが、さっきはあれこれと理由を後付けしたけれど、私は先輩に振り向いてほしかったからこそ、先輩の記憶に残りたかったからこそ、自分磨きを始めたのだ。  だったらどんな形であれ、私は先輩の整った顔に引っかき傷くらい残してやりたい。あなたを追いかけてここまで来たのにあと一歩届かなかった哀れな女の爪痕を、鏡の前へ立つたび視界に入れてほしい。そして私のことを思い出して、じくじくと胸にしみる痛みを味わってくれればいい。 「私はずっと先輩とお話したかったです。でも、高校生の時は勇気がなくて話せなかった」 「なんで俺と話すのに勇気が要るのさ」と、先輩は笑みを崩さなかった。  勇気は必要でしたよ、先輩。ここまで来るのだって大変だったんです。でも、こんな勇気、もう持っていても仕方がないから、ぜんぶ力いっぱいあなたにぶつけて消費したいと思います。強盗犯にぶつけるカラーボールの如く。  横の道路をタクシーが一台走り抜けていったタイミングで、私は口を開いた。 「だって、私はずっと先輩のこと好きでしたから」 「まァた」 「本当ですよ。先輩のこと、ずっと追いかけて、やっとここまで来たんです。……ただ、一歩遅かったみたいですけどね」  先輩は最初、私が冗談を言っていると思っていたようだけれど、やがてトーンが本気のものだと感じ取ったからか、すぐに返事をしてこなかった。あなたが全部言わなくたって私もう分かってますよあなた恋人いるんですもんね気にしないでくださいよ(嘘だよ覚えておけよ)、というアピール。我ながら性格が悪すぎて死にたくなる。次に車が走ってきたら身を投げてやりたいくらいだ。 「あー……なんか、すまない」  そう呟いた先輩の声は、地面に腹をこすりそうなくらい低空飛行だった。違うんですよ、先輩。謝ってほしいわけじゃない。謝るくらいなら彼女じゃなくて、私を好きになってくれませんか。まあ無理だと思いますけど。今の彼女がどんな人なのかは名前以外わからないけど、私にはそこまでリスク冒せるほどのスペックないし。  しかし、余計惨めになりかけた私を拾い上げたのもまた、先輩の声だった。 「でもそこまで言われたら、なんか、叶えてあげたくなってきたよ」 「叶える?」 「そんなふうに長く想われたことは初めてだから。お付き合いすること以外だったら、なにか滝谷さんの願いを叶えてあげる」  それは、あれでしょ? 送料無料を謳うネットショッピングでページの一番下に米粒みたいな大きさのフォントで書かれた「※北海道、沖縄は別料金」みたいなものでさ。一番の願望は絶対叶わないけど他はまあ善処しますよ、ってなかなかの仕打ちだよ。だって叶えてほしいこと分かってるけどそれは叶えてくれないんでしょ? 私が一番望んでいることを知っていてそんなことを言うなんて、本当にあなたはずるい人だと思います。  でも、先輩。私はこういうシチュエーションが大好きです。相手の言動や行動を逆手に取って、最大限の望ましい結果を導くことが快感だと思うタイプなので。だから今はとりあえず引き下がるけど、あなたはこんな女に目をつけられたことを、不運に思えばいい。  大丈夫。いずれはあなたの口からも「運命だ」って言わせてみせるから。
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