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朝焼けが辺りを照らし始めた。
遠くに立ち並ぶビルの隙間から、拡散された光の束が一華の部屋の窓辺まで伸びてくる。
律に貰った花籠を抱き締めて、一華は一晩中考えていた。
これから律の為に、自分の為に、そして大切な人達の為に、何ができるだろう。
「よし」
気合を入れて、閉じこもっていた部屋を出る。キッチンから振り返った母に、「おはよう」と声をかけた。
「一華! おはよう。今、ちょうど朝ごはんができたのよ。食べれる?」
母の声が、涙でふるえている。
「ごめんね、心配かけて」
久しぶりの食事をとる。
おいしい。そう思える今に感謝した。
『お前の笑顔に、また会えた』
笑顔を絶やさず生きるには、きっと、強い心がいる。「ちゃんと、強くなるから」そう心でつぶやいて、一華は立ち上がった。
お隣のインターホンを鳴らす。
おじさんが扉を開けて、おばさんは部屋で塞ぎ込んでいると教えてくれた。おじさんの許可をもらって、一華はその部屋の扉をノックする。
「一華です。おばさん、ごめんなさい。おばさんはもう、私の顔なんか見たくないかもしれないけど、話を、聞いて下さい」
そんな一華の言葉に、おばさんはすぐに扉を開け、驚いたように一華を見た。
「一華ちゃんが……謝ることなんてないのよ!」
話すおばさんの目は真っ赤に染まっている。
たくさん、たくさん泣いた事がすぐに分かった。一華は大きく深呼吸してから、真っ直ぐにおばさんの目を見つめる。
「息子さんを、私に下さい!」
「え?」
「律の、お嫁さんにして下さい。そして私を、おばさんの娘にして下さい。私に母の日を祝わせて下さい。私に、守らせて下さい! 律がきっと、これからやりたかった親孝行を、私にさせて下さい! 律が大切だと思う人を、私も大切にさせて下さい。律はきっと……」
『お前の笑顔に、また会えた』
「律はきっと、おばさんにも、笑っていてほしいと思うんです」
緊張で小刻みに震えながら、腰を追って頭を下げた。
「一華ちゃんっ!」
おばさんの手に、強く抱き締められる。
「ありがとう……あり、がと……一華ちゃ……ありがとう」
おばさんが落ち着くのを待って、律が会いに来てくれたことを一華は話した。
「これ、おばさんも飾って下さい。律が、来てくれるかもしれないから」
奇跡の再会の言ノ葉を持つ、ハーデンベルギアを一輪、差し出した。
「ありがとう。あの子が、こんなロマンチックな事をするなんて……。本当に、こっちが恥ずかしくなるくらい、昔から律は一華ちゃんにメロメロね」
そう言って、おばさんは愛しそうに律の写真を見つめた。
*
あれからニヶ月。
「あの子ったら、やっぱり私にはサッパリ会いに来ないわ。本当に息子なんて、こんなものよね……」
そう愚痴りながらもおばさんは、押し花にしたハーデンベルギアを見つめて、小さく笑う。
──律。みんな少しずつ、笑えるようになったよ。
もしもまた、律が会いに来てくれる事があったなら、再会したあの夜よりも素敵な笑顔で「また会えたね」と笑いたい。
「大好きだよ、律」
一華はこっそり呟いて、チョコのアイスを一口食べる。律と半分こした時と同じ幸せな甘さが、口の中いっぱいに広がった。
そうだ。
一華は思う。
もしもまた会えた時は、律の嫁になった事を報告しよう。きっと、律も笑ってくれる。
その笑顔を思うだけで、一華はまた少し強くいられるような気がした。
〈了〉
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