揺れる世界でかくれんぼ

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 二週間前の夕暮れ時、少年はこの電車内で倒れる寸前だった。  ドア近くのポールに掴まりふらふらと揺れていた彼を、周囲の乗客たちはふざけているのかと思って気に留めていなかった。こんな陽気な少年だ。日頃同じ電車に乗り合わせているだけに、多少の奇行は彼の個性として受け止められていた。  その日、少年がいつもの制服姿ではなくジャージを着ていたことも、彼が楽しげに見えた理由のひとつだったかもしれない。片方外れたイヤフォンからは、エイトビートのドラムが漏れていた。  異変に気付いたのは彼の真後ろに立っていた乗客だけだった。  後ろから見た彼の髪はじっとりと濡れ、首に張り付いている。不審に思い、込み合う車内で無理矢理顔を覗き込むと、その目は虚ろで血の気が失せていた。 「大丈夫ですか? まだ降りる駅じゃないとは思いますけど、いったんここで降りて休みましょう?」  その時、ちょうど電車が止まったため、乗客は少年の背中を支え、二人で駅に降りた。  脱水症状を起こしかけていた少年は、声を掛けられた時も、自動販売機で買ってきたばかりのスポーツドリンクを渡された時も、頷くことしかできなかった。
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