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聞くところによると、ヨハンは数日前、ヴィルヘルミーナ様の訪問を受けたと言う。現在ではご多忙で、各国を飛び回っているヴィルヘルミーナ様だけど、私たちの公都にある彼女の一号店のことは気にかけていて、何ヶ月かに一度は訪れて様子を見て、また他の国へと旅立っていく。件のお店の上階にある住居は、現在では二階がヴィルヘルミーナ様のために確保されていて、いつでも快適に滞在できるように管理されている。
一方のヨハンはと言うと、最近ではほぼ実家住まいとなって、技師の仕事も自宅で行えるようにしていて、公都の住居で生活するのは格別の必要がある場合だけだ。そろそろ私たちの両親も歳を取ってきて心配だし、農園の管理についても把握していないとならないし。手先はともかく社会的には不器用なところのあるヨハンに、技師と農園の主の両輪が務まるのかは私には少し不安だった。
そんな感じで、ヴィルヘルミーナ様から歩み寄らないことには、ヨハンとは常に微妙に離れた距離にいることになってしまったのだ。
であるのに、この我が情けない弟は、こんな風に抗弁する。
「だからな。恋愛だ結婚だなんだってのは、当人の意向があって初めて成り立つもんだろうが。周りが勝手に盛り上がって乗り気じゃない奴を神輿に挙げて、それで当人が不幸になったところで誰も責任取らんだろうが」
「じゃあ、その当人の意向をお聞きしましょうか?」
「だから、それを聞いたが? ヴィルヘルミーナに」
「そうじゃなくて、あなたの意向よ」
「は? だから! 何なんだよ畜生」
「そういう言葉遣いはやめてって、いつも言ってるでしょう。あんただって別にもう若くないんだからね?」
ヨハンはしばらく黙る。なおも口答えしたそうな風情だったが、やがて何を言うか決めたようだ。
「ヴィルヘルミーナには、もっと余人に優れたような、人の先頭を軽快に駆けていけるような男の方が相応しいだろう。俺じゃなくて、もっとお前の夫君に近いような」
「……あんたねえ」
私は軽く歯軋りする。だって、ヴィルヘルミーナ様はもともと、現在は私の夫であるリヒャルトの婚約者だったのだから。
「その話を引きずってるの、そろそろもうあんただけだと思うけど?」
私としてはこう言わざるを得ない。私の立場として、本当にそれを言っていいのかは分からない。でも未だにその話を出すヨハンの考え方は、あれだけご自分の人生で輝いてらっしゃるヴィルヘルミーナ様に失礼じゃないかと思う。
「心のうちなんて本人にしか分からんだろ。……違う、そうじゃない。そういうことじゃないんだ。俺は、ヴィルヘルミーナが人の先頭に立って駆けていく所が見たいんで、人生の重石を抱えてるところなんか見たくはない。でいいだろ? ……なあ、そろそろ勘弁してくれ」
懇願口調のヨハンに、確かにそろそろ、私は話を切り上げる潮時であることを感じる。
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