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第2話 ヴィルヘルミーナの悩み
「ヴィルヘルミーナ様。……お綺麗です、今日も本当に」
私はそんな感想を口にする。
公都に滞在されるヴィルヘルミーナ様は、必ず一度は私を訪問してくれる。私たちが彼女の事業のスポンサーでもあるからだが、彼女が私を友人と思ってくれていると、私としては思いたいところだ。
「……ありがとうございますわ、アリーシャ様」
対するヴィルヘルミーナ様は、どこかいつもの彼女の様子とは違っていた。衣装は相変わらず豪華で、またセンスがいい。だけど、少しの違和感を私は覚えている。
今日はいつもの応接室ではなくて、庭にテーブルを出して、お茶とお菓子を持ってきてもらうことにしている。こんな風に使えるように宮殿の一角を改装してもらっているのだ。目の玉の飛び出るような贅沢まではつもりはないが、自分たちの住処をセンス良く、また清潔に保つのは大切だし、王侯としての振る舞いにも相応しい。そんな風な、元の世界の二十一世紀の日本の女性であった新井若葉と、この世界を生きるアリーシャのミックスされた感覚が、今の私の感性を形成している。
この雰囲気だと、私の企みにヴィルヘルミーナ様がどの程度乗ってくれるかは分からない。だけどヨハンの人間観察は当てにならないし、私自身がヴィルヘルミーナ様の気持ちを探っておくことは大事なことだ。
そんな腹づもりで、私は口に出してみる。
「……ですからね。足のことで、ヨハンは人と壁を作ってしまっているようなのです。だから、どうにかしてその壁を取り除けるような、その方法を。ヴィルヘルミーナ様でしたら、どんなことを考えますか?」
私は自分の顔が曇りのない笑みとなるように、努めて表情を作る。
ヨハンに対するヴィルヘルミーナ様の気持ちを私が探っていることは口に出すはずもなく、そこだけは巧妙に避けて私は話を進めてみた。必要なことだけ伝わるように工夫して。
『分からないんだよ、経験したことない奴には。のろのろとしか歩けない自分を、周りの奴らがさっさと追い越していく感覚も。それから、全身に罅が入って割れていきそうな痛みのことも』
申し訳ないけど、ヨハンのこの言葉を、私はヴィルヘルミーナ様に伝えることにする。ヨハンが感じている躊躇は、本人が語っているよりも大きいことは、ヴィルヘルミーナ様が知っておく必要があると考えたからだ。
私はその言葉を口にする時、ヴィルヘルミーナ様の表情を観察していた。彼女は一瞬表情を歪めて眉間に皺を寄せ、でも理解したような顔だった。やがてヴィルヘルミーナ様は口にする。
「でもそれは、ヨハンの良い所なのではないかしら。そんな風に人の気持ちを先回りする男性を、わたくしは他に知りませんから。たとえそれが勘違いや考えすぎだったとしても、そのこと自体を変えたいとは思いませんわ、わたくしは」
そう語るヴィルヘルミーナ様は笑顔を浮かべていたけど、どこかしら引っ掛かりがあるようで。悲しそうと言った方がいいのだろうか?
そろそろ私は、自分が厚かましい差し出し口をしている、遣り手婆みたいになっていることを自覚しなければならない。
「ああっ!……ごめんなさい。こんな話を、ヴィルヘルミーナ様にしてしまって。……本当に、ごめんなさい」
ヨハンの問題は解決しなければならないし、姉である私だって、それに無関心ではいられない。だけど、それは本人の望む形で解決されなければならない。それは確かにヨハンの言った通りだった。
「そうではないんですの、アリーシャ様。お伝えしていただいて、嬉しかったですわ。そうでは、ないんですの。その、ことでは」
「ヴィルヘルミーナ様。何があったんでしょうか?」
それから、ヴィルヘルミーナ様は語ってくれる。
それは、ヴィルヘルミーナ様が公都を訪れる前に、ヴォルハイム大公国で見聞きしてきた話だった。またその話は予想外で、私とリヒャルトにも関係があることだった。
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