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「……彦星と織姫って、付き合い出して怠けてばかりいたから、神様の罰で引き離されたんだよね?」
「何すか、突然……」
ロマンチストで、少々、空想癖のある詩織の、こういう詩的表現は珍しくなく、彼女の魅力だとも思っていたが、唐突な発言に、龍彦は戸惑う。
「私達……特に龍くんなんて、すごく真面目に生きてるのに、なんで会ったらいけないのかな……?」
消え入りそうな声の中に、どこか怒りが含まれている。龍彦は苦学生だった。実家はさほど裕福ではなく、必死に勉強して奨学生として大学に入った。それでも仕送りだけでは足りない為、生活費の一部はバイトで賄っている。
そんな多忙な彼を案じ、又、尊敬の念を抱いていた為、多少、寂しくとも詩織は我慢していた。大好きな人が頑張っているのだから、自分の方が年上なのだからと、メールやビデオ通話で顔を見て話せるだけで十分、と言い聞かせていた。
しかし、寡黙で表情も乏しい彼とコミュニケーションをとるには物足りなく、時たま不安に駆られた。どちらかともなく手を繋ぎ、初めてキスをし、去年の暮れに身体を重ねた。二人とも初めての行為だ。
生まれて初めて感じた、あの時のどうしようもない位に苦しくなるほどの幸福感は、今でも、彼女の中で大切に生きている。
直接会わないとわからない、ぼやけたモニター越しでは伝わって来ない事があった。彼の雰囲気や細やかな表情、触れ合って温かさを感じないと安心できない時だってある。それは、おかしい事なのだろうか……
「龍くんは、寂しくないの? こんなに会わなくても……」
「そんなことないですよ」
「じゃ、なんで、そんな平気そうなの……!?」
いつも冷静でペースを乱さず、未だに敬語で話す、画面の向こうの恋しい人。彼は、直に会えないことを何とも思わないのだろうかと、重い不安ばかりが膨らんでいく。
子供っぽい我が儘であることは承知の上だ。だが、只でさえ、友達や疎遠気味な地元の家族にも、何ヵ月も会えない日々を強いられている。バイトと家事で多忙な日々と、ネットやSNSでなんとか紛らわしていた孤独感が増幅し、先が全く見えない不安からくる悲観的な思考に負けそうだった。
「もう、かかってもいいから…… 会いたい……」
「な、に言ってるんすか…… 悪化したら死ぬかもって、言われてんすよ?」
「もう、無理。限界。寂しくて、心の方が先に、死んじゃいそう……」
涙声で俯いた詩織の言葉に、龍彦は思わず息をのんだ。心が死ぬ訳ない。寂しさで命は無くならない。そんな理屈めいた考えが、彼の脳裏を巡る。体を悪くして死んだら、何もかも終わりなのだ。彼女をそんな目に遭わせたくない。
「…………」
「ねぇ、何か……言って……」
龍彦の沈黙の中に、困惑と呆れの交じる気配があるのは、詩織もわかっていた。こんな馬鹿な事を言って嫌われたくない。それでも、長い間、ずっと必死に抑えてきた想いが溢れ出し、自分でも止められなかった。
今までなら読み取れていた、銀縁眼鏡の奥に秘めた、言葉の裏にある感情や考えも、デジタルで作られた壁が邪魔をする。今の彼女に必要なのは、それを打ち破る位の確かな愛の言葉か、安堵をもたらす彼の存在感だ。
「俺も、今年の盆は、帰省もしません。ただ……」
ずっと黙っていた龍彦は、少し声色を改め、視線をモニターの向こうに、真っ直ぐ向ける。
「今でも就活は、一応してて、今度はこんな風に、ビデオ通話で面接らしいんです」
「前と変わったんだ……大事な時に、体、悪くしたら……良くない、ね」
画面に向き直り、詩織は、少し我に返って自省する。毎日が辛く大変なのは、彼も同じだ。無自覚に自分が感染させるかもしれない。それだけは、絶対に……嫌だった。
「どれくらいかかるか、分かりませんが…… もう暫く、待ってくれませんか。正式に内定、その、決まるまで……」
「…………?」
無口ではあるが、話した時は饒舌な龍彦が、珍しく困ったように口ごもる。先程の発言を後悔していた詩織は、恐る恐る、問いかけた。
「ごめん……嫌に、なった?」
「そんな簡単に、嫌いに、ならない……ですよ……」
人付き合いを億劫に感じる龍彦が、初めて長く付き合っている女性が、詩織だった。今のような喧嘩で冷めるなら、とっくに別れている。
「ありがと……」
少し安心した詩織は、ようやく微笑みを見せた。
「シオ」
いつもの呼び方。いつもの口調。いつもの低く、穏やかな声。それだけは、何も変わっていない。どうか、変わらないでいて欲しい。
「……龍くん」
様々な想いを込めて、恋しい人を呼ぶ。これからも、こんな風にずっと、この名前を口に出来たら、どんなに良いだろう……
少し気まずさが残る中、日付が変わる時刻に差し掛かり、今夜の通話は終わった。
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