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ふとした時に思い出すのは……親しみやすい穏やかな笑顔。最初は『バイト先の優しい先輩』としてしか見ていなかった。慣れない年頃の女性……増してや年上。自分みたいな無口で理屈っぽい男は、友人としてでもつまらないだろうと思っていた。
だが、少しずつ話しているうちに、彼女といるのが心地良くなっている自分に気づいたのだ。
ふとした時に思い出すのは……親しみやすい穏やかな笑顔。最初は『バイト先の優しい先輩』としてしか見ていなかった。慣れない年頃の女性……増してや年上。自分みたいな無口で理屈っぽい男は、友人としてでもつまらないだろうと思っていた。
だが、少しずつ話しているうちに、彼女といるのが心地良くなっている自分に気づいたのだ。
――ああ、この人だと……
いつも一生懸命で、直向き。だけど、どこか不器用で、年上なのに心配で放って置けなかった。問題点はなるべく解決しないと落ち着かない性分で、何か気になると横槍を入れ、お節介を焼いてしまう。結果『あいつに任せておけばいい』というレッテルを貼られてしまいがちなのだ。
それが、時たま苦しく、重荷になる事もあった。しかし、彼女……詩織は力足らずとも、いつも自分に協力してくれようとする。そっと、優しく寄り添ってくれた。
――本当は、自分の方が側にいたかったのかもしれない……
ガシガシ、と雑念を振り切るように、髪ごと頭を掻く。
何で、こんな時に恋なんてしてるのかって? そんなの決まってる。
自分にとって大切だから? 彼女が必要だから?
月並みだが……好きだから、だ。
この世には理屈で説明出来ない事もあるのだと、生まれて初めて、痛い程に思い知った。
数日後。洋食屋のバイトの日。シフト前に、詩織は同じショッピングモールの文房具屋に来ていた。先日、本屋の店長から、『今年から更に経営が厳しくなったから、閉店になるかもしれない』と言われ、新しい勤め先を探す為、履歴書を買いに来たのだ。
本屋は好きだが、文房具コーナーはあまり立ち寄らない。学生時代は、可愛いステーショナリーやブックカバーを求めて来店していたが、社会人になってからは慌ただしくてあまり余裕がなかった。
店内もフロア内も、休日にも拘らず人通りはあまり無く、深夜前のように閑散としている。いつの間にか閉店していた店もあった。以前、龍彦とデートで訪れた時とは別世界のように変わってしまった……
親しんだ場所が消えてしまった時の哀しさ、突然置いてきぼりにされたような心許なさが漂っている。
――変わる時って、ほんとあっという間で、呆気ないな……
そのまま耽ってしまいそうな心を切り替え、履歴書コーナーで目当ての品を手に取り、レジへ向かおうとした時、グリーティングカードやレターセットが集まった売り場が目に入った。夏らしい季節の柄や可愛らしい華やかな彩りで埋まったそこは、今の世相からはかなり浮いている。だが、逆に少しほっとする空間でもあった。
何気なく一番手前の、シンプルだが洒落たデザインの星柄のセットを取る。手紙を書くなんて、子供の頃に友達同士でやった交換や、母の日や父の日に両親に渡した時以来だ。
――そう言えば、手紙もらった時って、なんか嬉しかった……
そんな風に思った瞬間、龍彦の顔が浮かんだ。気がついたら、手にしていたそのレターセットをそのまま、履歴書と共にレジに出しに行っていた。
バッグに入ったそれが、大袈裟で無く一縷の希望が、ほのかに灯っているようで……いつぶりか、心が軽くなった。
数日後の盆休み。蒸し暑い熱帯夜だけは変わらず続く。そんな中、二人はそれぞれの家からビデオ通話をした。
「……あの後、考えたんだけど」
詩織の改まった声色とトーンに、別れを切り出されるのではないかと、龍彦は内心、ドキリ、とする。しかし、続いた彼女の言葉は、予想外の単語だらけだった。
「手紙、書いていい?」
「……て、がみ?」
一瞬、何を言われたか認識出来ず、ぽかん、となった。漢字変換された単語が、次々と、彼の脳裏に浮かぶ。
「一ヶ月に……一、二回でいい。で、返事、くれないかな……?」
パソコンの傍に置いた、あのレターセットに目をやりながら、恐る恐る切り出した。
「……俺、そういうの下手ですよ。論文ならともかく……」
『そうか、手紙……』と、彼女が言いたい事を把握し、今度は狼狽える。女性が喜び、求めているような気の利いた文章……要は、ラブレターなど書ける自信は、とても無かった。
「いい。数行でも、何でも、いいの。龍くんが、直に書いたものが……ほしい。そしたら……頑張れるかもしれない」
モニター越しやデジタル化された言葉では得られないものがある事に気づいた。いや、思い出したと言うべきだろうか。直に会って、話して、初めて分かる事や伝わる事がある……
相手の気配、面影、残像……目には見えない何かだ。直接会う事が無理なら、せめて少しでも、それらを感じられるものが欲しいと思った。
いつになく切実な詩織の様子に、龍彦は神妙に頷く。今後の関係のための、大切な約束――
「……わかりました」
盆休みが明けた、数日後。一日中、雨が降り続いた夜。詩織の住むアパートの部屋宛に、一通の白い封筒が届いた。差出人は――龍彦だった。
――ああ、この人だと……
いつも一生懸命で、直向き。だけど、どこか不器用で、年上なのに心配で放って置けなかった。問題点はなるべく解決しないと落ち着かない性分で、何か気になると横槍を入れ、お節介を焼いてしまう。結果『あいつに任せておけばいい』というレッテルを貼られてしまいがちなのだ。
それが、時たま苦しく、重荷になる事もあった。しかし、彼女……詩織は力足らずとも、いつも自分に協力してくれようとする。そっと、優しく寄り添ってくれたのだ。
――本当は、自分の方が側にいたかったのかもしれない……
ガシガシ、と雑念を振り切るように、髪ごと頭を掻く。
何で、こんな時に恋なんてしてるのかって? そんなの決まってる。
自分にとって大切だから? 彼女が必要だから?
月並みだが……好きだから、だ。
この世には理屈で説明出来ない事もあるのだと、生まれて初めて、痛い程に思い知った。
数日後。洋食屋のバイトの日。シフト前に、詩織は同じショッピングモールの文房具屋に来ていた。先日、本屋の店長から、『今年から更に経営が厳しくなったから、閉店になるかもしれない』と言われ、新しい勤め先を探す為、履歴書を買いに来たのだ。
本屋は好きだが、文房具コーナーはあまり立ち寄らない。学生時代は可愛いステーショナリーやブックカバーを求めて来店していたが、社会人になってからは慌ただしくてあまり余裕がなかった。
店内もフロア内も、休日にも拘らず人通りはあまり無く、深夜前のように閑散としている。いつの間にか閉店していた店もあった。以前、龍彦とデートで訪れた時とは別世界のように変わってしまった……
親しんだ場所が消えてしまった時の哀しさ、突然置いてきぼりにされたような心許なさが漂っている。
――変わる時って、ほんとあっという間で、呆気ないな……
そのまま耽ってしまいそうな心を切り替え、履歴書コーナーで目当ての品を手に取り、レジへ向かおうとした時、グリーティングカードやレターセットが集まった売り場が目に入った。夏らしい季節の柄や可愛らしい華やかな彩りで埋まったそこは、今の世相からはかなり浮いている。だが、逆に少しほっとする空間でもあった。
何気なく一番手前の、シンプルだが洒落たデザインの星柄のセットを取る。手紙を書くなんて、子供の頃に友達同士でやった交換や、母の日や父の日に両親に渡した時以来だ。
――そう言えば、手紙もらった時って、なんか嬉しかった……
そんな風に思った瞬間、龍彦の顔が浮かんだ。気がついたら、手にしていたそのレターセットをそのまま、履歴書と共にレジに出しに行っていた。
バッグに入ったそれが、大袈裟で無く一縷の希望が、ほのかに灯っているようで……いつぶりか、心が軽くなった。
数日後の盆休み。蒸し暑い熱帯夜だけは変わらず続く。そんな中、二人はそれぞれの家からビデオ通話をした。
「……あの後、考えたんだけど」
詩織の改まった声色とトーンに、別れを切り出されるのではないかと、龍彦は内心、ドキリ、とする。しかし、続いた彼女の言葉は、予想外の単語だらけだった。
「手紙、書いていい?」
「……て、がみ?」
一瞬、何を言われたか認識出来ず、ぽかん、となった。漢字変換された単語が、次々と、彼の脳裏に浮かぶ。
「一ヶ月に……一、二回でいい。で、返事、くれないかな……?」
パソコンの傍に置いた、あのレターセットに目をやりながら、恐る恐る切り出した。
「……俺、そういうの下手ですよ。論文ならともかく……」
『そうか、手紙……』と、彼女が言いたい事を把握し、今度は狼狽える。女性が喜び、求めているような気の利いた文章……要は、ラブレターなど書ける自信は、とても無かった。
「いい。数行でも、何でも、いいの。龍くんが、直に書いたものが……ほしい。そしたら……頑張れるかもしれない」
モニター越しやデジタル化された言葉では得られないものがある事に気づいた。いや、思い出したと言うべきだろうか。直に会って、話して、初めて分かる事や伝わる事がある……
相手の気配、面影、残像……目には見えない何かだ。直接会う事が無理なら、せめて少しでも、それらを感じられるものが欲しいと思った。
いつになく切実な詩織の様子に、龍彦は神妙に頷く。今後の関係のための、大切な約束――
「……わかりました」
盆休みが明けた、数日後。一日中、雨が降り続いた夜。詩織の住むアパートの部屋宛に、一通の白い封筒が届いた。差出人は――龍彦だった。
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