終夜 彼らの反旗

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終夜 彼らの反旗

 師走(しわす)に入り、季節は冬になった。クリスマスムードが、例年より控えめに日本中に漂う中、龍彦から一通のメールが届いた。  通信アプリのメッセージでも手紙でも無い、久しぶりのメール。開いた瞬間、詩織は目を疑った。痛いほど、心が強く揺さぶられる。 『内定、決まりました。会ってくれますか?』  迷いなんて、ない。すぐにでも飛んで行きたい。けど、いいのだろうか。大丈夫だろうか。様々な思いが、脳内をぐるぐる駆け巡る。  ──就職内定なんて、一大事。こんな時なら、一度だけなら、祝いに会いに行っても、世間も……神様も赦してくれる……?  そんな願いを、繰り返し何度も、目に見えない()()に、()い続けた。  去年、いつも待ち合わせしていた場所で、約一年ぶりに、二人は外で顔を合わせた。夜更けの公園に人気(ひとけ)はあまり無い。 「久しぶり……ですね」 「……うん。就職、おめでとう。良かった……」  二人きりに近い状況にも(かかわ)らず、先程から共にぎこちなく、なかなか言葉が出て来ない。落ち着いてくれないざわめく心を抑え、とりあえず向かい合ったものの、妙な懐かしさに緊張しているのか、なかなか次の一声を発せないでいる。  ビデオ通話で顔だけは見ていたのに、全然知らない人のように見える反面、いきなり一年前にタイムスリップしたようにも感じられる事が、不思議だった。  キン、と冷え込む、真冬の澄んだ空気の中、そんな歯がゆい、妙な感情を(いだ)きながらも、ようやく覚悟を決め、龍彦は……切り出した。 「詩織」  はっ、と彼を凝視した。名前だけで呼ばれるのは、手紙以来。それも、()で、だ。 「一緒に、暮らしませんか。……籍も入れて」 「…………!!」  詩織が生まれて初めて聞く、耳慣れないけれども、確固たる、愛の意思表示。 「七月六日、に届け……出しましょう」 「いいの? 私で、いいの……!?」  信じられない、と言わんばかりに、掠れた声を震わせる彼女に、変わらず冷静に、龍彦は続ける。 「あんま金無いんで……狭い部屋しか借りられないすけど……」  ぶんぶん、と勢いよく、詩織は首を左右に振る。誕生日にもらったオーデコロンの、甘く爽やかな香りが鼻腔をくすぐり、勇気を吹き込む。 「指輪とかも、今すぐ用意できないし……」 「……いい。龍くんが側にいるなら……喧嘩もするかも、しれないけど…… こうして会って話せるなら、それで、いい……!!」  喉から絞り出すように叫び、訴える彼女を、人気は無いとはいえ、外の公共の場で、思わず龍彦は抱き寄せる。考えるより、先に身体が動いた。 「私も働くし、一緒なら、どうなっても……頑張っていける……」 「シオ」 「だって、式の時は、神様に誓うんでしょ?」  少し眉をひそめ、不思議そうに見返す彼に、涙混じりの顔で、しっかりと詩織は説いた。 「『病める時も、健やかなる時も』」  驚いたように、龍彦の瞳孔が開いた。そんな彼に、(まじな)いをかけるように続ける。 「『()れを愛し、此れを敬い』」 「「『死が二人を別つまで』」」  高低音の二種の声が重なり、どこか神聖な静寂の空間に、(やわ)く、響く。 「……この先、どうなるか分からないけど、生きよう。万が一、の時は……」  少し俯き、口ごもった彼女の後に、龍彦は続ける。 「その時も……一緒」  覚悟を新たにするように、詩織は彼の背中を抱きしめ、泣き顔のまま、笑った。 「うん。()()」  相手の命を救えるならと、諦めて別れる事もいつも互いに考えていた。自分の気持ちがそこまで(あたい)するのかと、躊躇(ちゅうちょ)していた。  だが、他の理由で無くすのなら……大切な人の()が死ぬのなら、何が何でも側にいて、助け合って、息をして……ギリギリまで生き抜いてやる。  もしも、これが終わらない夜なのならば、二人でささやかな光を灯していく。そんな風に、今は……想う。  これは彼らの誓いであり、万物(ばんぶつ)()すがままにする世界への、精一杯の抵抗で……反旗(はんき)だ。
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