DAIHOKU美容クリニック 思い出補正外科

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「お待たせしました。  えー……アネザキ・エミ様でいらっしゃいますね」 「そうよ。ねえ、さっさと始めてちょうだい。  こっちは大金払ってるんだから」 「申し訳ございませんでした、アネザキ様。  当院は一年先まで予約が埋まっており、  今しがたも一件オペを終えたばかりでして……」 「だから、わざわざ三倍の値段を払ったんじゃない。  そっちだって受け取ってるんだから、文句はないはずでしょ?」 「もちろんです。  ただ、初回のヒアリングを担当したのが別の者ですので、  始める前に改めて確認させて頂きたいのですが……  よろしいでしょうか?」 「仕方ないわね……これが他の人間だったら  事前に情報共有くらいしておけって怒鳴りつけるところだけど、  他ならぬ貴方が言うなら我慢するわ。  ……その代わり、完璧なオペをしてくれるんでしょうね?  世界最高峰の美容外科医、代剥アキラさん?」 「当然です。  アネザキ様の理想とされる美を具現化できるのは、  私をおいて他にいないと自負しております」 「フフッ、ならいいわ。  ヒアリングなんてさっさと終わらせて、オペにかかってちょうだい」 「承知致しました。  ――さて、ご希望されているのは、  全身の脂肪吸引と鼻・フェイスラインの整形、  ナチュラルボトックス、豊胸、  以上でお間違いないですか?」 「そうよ」 「そして、まずは脂肪吸引から着手されたいと」 「ええ」 「ふぅむ……当初のヒアリングでは、  身体の負担を軽減するよう、  各メニューを何回かに分けて施術するようご提案しておりますね」 「本当はもっと早いほうがいいけど……妥協したわ。  せっかく綺麗に若返ったって、  下手打って痛みや後遺症が残るんじゃしょうがいないもの」 「しかし、私ならリスクなく一日で全工程を完了できますが」 「……正気で言ってる?」 「そのような表情に見えますか?」 「……追加料金は、いくら?」 「頂きません。  他ならぬアネザキ様のご依頼ですから」 「――いいでしょう、主人にもよく言っておくわ。  DAIHOKUグループの顧問くらいなら、なるでしょう」 「お心遣い、誠に痛み入ります」 「それで? ヒアリングはこれでおしまい?」 「いえ、今少しお時間ください。  各施術を経た上でアネザキ様が最終的にどのようになられたいか、  理想像の確認をさせて頂いても」 「それも事前に言ってあるけど……まぁいいわ。  まず、脂肪吸引で全身をスッキリさせてちょうだい。  それから、鼻筋を通して小ぶりに……  フェイスラインはエラが目立たないようにして。  ボトックスと豊胸は、やりすぎないようにね。  さりげなく上品に、を意識してくださる?」 「ふむ、ふむ……なるほど。  そうしたご希望をベースに、最終的には……  添付の写真の女性に近づけるように、  ということでよろしいでしょうか?」 「――そうよ」 「承知しました。  さて、随分お待たせしてしまいましたね。  早速手術にかかりましょう。  さぁ、どうぞこちらへ横たわってください。  まずは麻酔を打たせて頂きますね」 「初回のヒヤリングでは局所麻酔だと聞いていたけど?」 「ああ、一日ですべての手術を終わらせるため、  全身麻酔に変更します。  大丈夫、終わる頃には理想のあなたがそこにいますよ」 「そう……なら安心だわ。  お任せするわね、代剥さん」 「――今梨」 「え?」 「今梨アキラ……という名前に、お心当たりは?」 「……ないわ。それが?」 「いえ、実は……代剥、という私の苗字ですが、  母の旧姓でして」 「は?」 「今梨アキラは、かつての私です。  幼少期に離婚して、  家を出た母に連れられて今の名になりました」 「いきなり何の話かと思ったら……  あなたの過去が、私にどう関係すると?」 「ははっ――やっぱり憶えてないかぁ」 「……ちょっと、あなた、様子が変よ?」 「ああ、そう見えますか?」 「ねぇ、本当に大丈夫なんでしょうね?  私に何かあれば主人が黙っていないわよ、  それをしっかり肝に銘じて――」 「しかし、その主人――  亜根先ホールディングス現会長のショウイチロウ氏は、  妻であるあなたを差し置いて愛人に現を抜かしているとか?」 「っ……!」 「結婚当初、氏はあなたを溺愛し、  子会社の株の大部分も譲渡していた。  あなたはまさにこの世の春を謳歌していた――  老いて、主人の寵愛を失するまでは」 「……黙りなさい」 「添付の写真を拝見して、いや、笑いましたよ。  愛人は若い頃のあなたにそっくりですね?  こういう顔がタイプなんだなぁ」 「黙れと言っているのが、わからないの!」 「今の立場から転落する……  その恐怖はあなたに莫大なストレスを強いたのですね。  そんなに肥え太り、顔が骨格から歪んだかのようになるまで。  劣化したあなたを見て、氏もほとほと愛想を尽かした……  金回りもだいぶ悪くなってしまったようですね。  弊クリニックの施術費を支払うのも、実は結構な痛手だったでしょうに」 「黙らないなら、別の担当者に――……ッ、!」 「そんなにまでして戻りたかったんですか、  愛されていた頃のあなたに?」 「ぐ……っ、ますい、が…………」 「――ええ、大丈夫ですよ。  そのまま眠ってしまって」 「誰かっ……こいつ、以外の…………! べつ、のッ」 「何も恐れることはありません」 「っ……………………」 「私が――僕が、戻してあげる」 「………………」 「一番きれいだった頃のあなたに――  ねえ、みっちゃん」 「………………」 「さぁ、まずは邪魔な脂肪を全部吸い出そうね」 「………………」 「実はね、結構傷ついたんだぁ。  せっかくこうしてまた会えたのに、  みっちゃん、僕のこと、まるで憶えてないんだもの」 「………………」 「そりゃ、離れ離れになったときはお互い小さかったけど…… 『将来絶対結婚しようね』って約束したのに」 「………………」 「ううん、いいんだよ。  僕がいろいろあったように、  みっちゃんもいろいろあったんだよね。  聞いたよ、僕らの斜向かいに住んでいたおばさんから」 「………………」 「みっちゃんが大学生になったとき、  弟さんが交通事故で寝たきりになったんだよね。  それで、みっちゃんは家庭を支えるために  望みもしない結婚を強いられた……あの大富豪に売られたんだ」 「………………」 「……ほら、みっちゃん。  とってもスッキリしたよ。  次は鼻と輪郭だね」 「………………」 「でも、みっちゃんは結婚して……  驚くほど適合したんだね、俗物どもの世界に」 「………………」 「そのせいで、ほら、鼻にも、輪郭にも、  その他全身至る所――内にも外にも、  こんなに余計なものがたくさんついている」 「………………」 「大丈夫。安心して。  ぜんぶ、ぜんぶ、とっていこうね」 「………………」 「嫉妬と傲慢で大きく膨らんだ鼻はあなたには要らない」 「ッ、………………」 「怠慢と横着でたるみ切った輪郭線はあなたには要らない」 「……、…………」 「強欲と愛憎で腫れぼったくなった瞼はあなたには要らない」 「………、………」 「悪態と謀略に汚れ切った耳はあなたには要らない」 「…………、……」 「偽善と欺瞞を吐き出す厚ぼったい唇はあなたには要らない」 「………………、」 「そう、  僕以外の誰かに触れた手も指先も、  僕以外の誰かに抱かれた肩も、  僕以外の誰かを孕んだ腹も、  僕以外の誰かに開いた股も、  僕以外の誰かに曝された脚も、  あなたにはぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ、要らない」 「………………」 「――僕を忘れた脳みそも要らない」 「……ぁ、…………」 「僕の知らないところで脈打っていた心臓も、要らない」 「…………ォ、……」 「…………あはっ、ほら、みてごらんよ」 「………………」 「あの日、誓いを交わしあったあのときの、  一番きれいな君が戻ってきたよ」 「………………」 「ああ……赤いドレスが、とてもよく似合っている」 「………………」 「さぁ、これで――やっと約束、果たせるね」 「………………」
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