僕とテールさん

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僕とテールさん

「へぇ、旅人さんですか。この辺りは何も無いですよ? 強いて言うならば……羊が大量に暮らしている、ってくらいの村で。というか、失礼なことを尋ねるかもしれませんが、ジャンくんは何故パジャマ姿なのです?」 「えっ……あはは、実は僕、これしか衣服を所持していなくって。貧乏な旅人ですよ、ははは……」  先程の羊がいつの間にかユウジロウの真横に居る。彼にワシャワシャと撫でられ、羊はどこか幸せそうな顔をしていた。 「この子、脱走癖がありましてね〜。週一のペースで逃げ出すもんで、それが私達の悩みのタネですよ。でも普段は小一時間で帰ってくるのに、今回は村の外まで逃げていたのですね。いやぁ、ジャンくんが連れてきてくれて本当に感謝です」 「何か手を打ったらどうなんですか」 「対策はしているんですがね。全てくぐり抜けて脱走してしまうのです」  それは対策していると言えるのか。疑問に思いつつも、僕の目線は木陰に隠れている女性に向けられた。 「あそこに居る女性は誰ですか」 「ん、ああ。私の妻ですよ。彼女、中々の人見知りでねぇ」 「そうなんですか。えーと、そこの方ー!」 「彼女の名はテールですよ」 「テールさん、是非こちらに……」  全て話し終える前に、テールは完全に姿を隠してしまった。僕は必死に彼女の後を追う。 「あの……?」 「ひっ!」 「大丈夫ですよ、怪しい者ではないので」  まあね。こんなこと言ったって容易く信頼してもらえるわけではないと思うけど――――。 「……信用して良いのですね」  いや、ちょろっ! 多分詐欺や裏切りに会いやすい人だな、彼女。アイコンタクトを取っただけでカアッ、と顔が真っ赤に染まる彼女を見ていると後ろから「お取り込み中すみませーん」、とユジローの声が聞こえてきた。 「もう、随分と夜分遅いので。よかったら(ウチ)に泊まりませんですか」 「初対面なのに良いんですか?」 「当たり前ですよ。困ったときはお互い様ですし、これは羊くんのお礼です」  有り難い。今までにも様々な村を巡ってきたが、どの村も最初は僕を怪しんで「今晩だけ泊めてください!」と懇願しても宿泊させてくれなかった。それどころか村に入れてくれない場所もあったのに、優しさの塊じゃないかよ、この村。 「じゃあ……お言葉に甘えて」 「やったー!」 「やったー!」  いつの間にか僕の目線の斜め下には、ミコナとミコラが居て、気が付いたときには二人が僕の腰にぎゅーっと抱き着いていた。……かなりの馬鹿力だ。 「ぐ……ぐるじい……」 「ミコナ、ミコラ! ジャンくんから離れなさい!」 「あ゛、心配じなぐでも大丈夫ですよおぉぉぉ」  ……暫く腕の跡が残るほどにぎゅーっとされた後、僕はユジローさん家族の丸太小屋で一晩寝泊まりさせてもらうことにした。
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