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ワールズエンド・シープ
僕達の間に、冷たい空気が漂う。聞こえるのはテールさんの荒ぶった呼吸音だけだ。すると、どこからか新たに人がやって来た。
「あの、自分はこの村の騎士です。話は聞きました。確実に村人な者をお守りいたしましょう」
「じゃあジャンを怪物から守護して。昨夜、私とジャンは一緒に寝ているからアリバイがあるの」
……この村の騎士、か。僕を援護してくれるヒツジが表れたようだ。ふと目線を逸らすと、ミコナとミコラが内緒話をしている。双子同士で情報交換をしているのか? 今どきの子供は賢いな、厳重警戒せねば。
ユジローを喰い殺したのは僕だ。彼の肉は非常に不味かった。もっと旨いやつを喰らいたいのだが。
ユジローは夜な夜な、牧場の羊が脱走していないかここに確認していた。そのことを知った僕は、寝付きの悪いテールのために睡眠を促成する薬草を用意し、ココアに投入した。
全員就寝していることを確かめた僕は、部屋の窓から家を抜け出し、無防備で羊の様子見をしていたユジローを襲った。
目撃者は羊のみ。目撃証言が可能な「ヒツジ」は、ゼロ。
しかも僕を年中無休で村人扱いしてくれる馬鹿が、一人。今回こそヒツジを抹消して、目指すは完全勝利だ。
別にこの世界は夢の中。僕の心が痛むこともない。だってこいつらは実際に存在しない。この状況だってフィクション小説のようなものだ。
夢ではあるが、人殺しがノーリスクで出来るなんて最高すぎる。今までは僕が殺ったと気付かれ、処刑寸前まで追い詰められたけど。まあ、そんなときも夢から覚めれば良いだけの話。母親も父親も、僕達一族もそうしているのだし。
テールの姉を殺したのは、僕ではない。でも恐らく、僕の親戚が殺していると思う。夢の世界が被ることも珍しくはないらしいからね。
さて。現実世界で人を襲える一人前になるまで、僕は大人しくここで特訓しましょうか。ずっと我慢していた本能を解き放つときだ。
……って、どうしよう。笑いを堪えるのが非常に辛いんだが。今もここで、迷える仔羊達は狼を探しているつもりでいる。実際はヒツジ同士で睨み、嗤い、殴り合っているだけなのに。嗚呼、おかしなことだ。
「ミコラ見たの。暴言吐いてたお兄ちゃん、ジャンが怪しまれた瞬間にほくそ笑んでたの!」
「ミコナも見たの!」
「……ジャンは人間確定なのか?」
「はい。私が保証します」
「なら怪物はお前か」
「ちげぇよ! くそっ、ジャンの野郎に騙されたんだ! 惑わされるな、皆!」
ほらね。友情の糸なんて、ハサミを使用せずにプツリと切れてしまう。実に滑稽だ。
僕はジャン。普通の高校生。一つだけ普通じゃない点を挙げるなら、僕は人狼の血を受け継ぐ子孫だというところ。
今日も平和な童話のような世界に、絶望を生み出しているのだ。
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