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羊が一匹
小刻みに足音を立て、果てしなき空間で風を切る。
僕は今、満天の星に見守られながら草原を走っていた。目の前では「メエェェ〜」と一匹の羊がぴょこぴょこと小さな丘を駆けている。
羊が柵を越えると、僕も柵に足をかけて、力を振り絞ってそこを越える。羊がだだっ広い草むらへと右折すると、僕もそちらへ向かう。
首元からパジャマに零れ落ちる汗を拭い、肩で息をする。それでも全速力で羊を追いかける。ここで立ち止まるわけにはいかないんだ。何故なら、僕には羊を追う以外の選択肢が残されていないのだから。
そして一刻ほどの全力疾走により、息切れと脇腹辺りの痛みが酷くなってきたその時。羊の行く先に微かな灯りが見えた。
足元を直視していた目を前へと向けると、羊はテーマパークによくあるようなアーチをくぐり抜け、その先の牧場のような土地へと走っていく。牧場? の周辺には小さな丸太小屋がちらほらと建っており、灯りの点いている家もあればそうでない家もある。
羊が先程と同じように「メエェェ〜」と鳴くと、一番牧場に近い家から誰かが出てきた。外は真っ暗で羊を追うのがようやくなほどだったから、そいつの顔は上手く見えない。
僕が少し警戒していると、そいつは僕の方を向いてから家へと帰っていった。かと思いきや、今度は人を連れて戻ってきた。身長差からして家族だろうか? そう思っていると、小さな小さな人影が僕へと駆け寄ってきた。そしてなんと、人影が二つに分身した!
逃げる暇もなく、人影は僕の腰辺りにがっしりとしがみついた。バランスを崩して尻餅をつくと、人影は……少女達はニカッと笑う。
「こんばんは、あたし、ミコナ!」
「こんばんは、あたし、ミコラ!」
「えっ……こ、こんばんは。僕はジャン」
ミコナとミコラの自己紹介に驚き、つい僕の名前を教えてしまった。推定四、五歳ほどの二人は、ドッペルゲンガーなのではと疑えるレベルで瓜二つだ。もしや双子なのか?
すると先程の「誰か」らしき人がこちらへ近付き、手を差し伸べる。
「どうもどうも。私は牧場を経営している、ユジローという者です。貴方、道に迷ったのですか?」
あ、うーん、どうしようか。面倒事は嫌なのでちょっとした嘘を付かせてもらおうかな。僕はユジローの手を取る。
「実はそうなんですよ。あ、僕は旅人のジャンと申します。目の前を横切っていった羊を追っていたら、ここに辿り着いて」
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