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「公爵さまがいらっしゃらない?」
「申し訳ございませんが……」
到着した私を出迎えてくれたのは、不機嫌そうな顔をした家令と困り顔の侍女たちだった。ラリーと名乗った家令は上から下までじろじろと見つめてから、鼻を鳴らしてみせる。歓迎されていないことが丸わかりの態度に、思わず吹き出してしまった。だったら猫を被る必要もないだろう。家令と対峙した私から、侍女たちが目を逸らした。この戦いは見なかったことにされるらしい。
「格上の家に嫁入りに来て、主人の不在を笑うとは良い度胸をお持ちですね」
「だって、花嫁を歓迎しない演出が王道過ぎて面白かったんだもの。これなら初夜の際に、『お前を愛することはない』という宣言も聞けるのかしら。楽しみだわ!」
これは最初から萌える展開になってきたわ。私が政略結婚あるあるを指折り数え上げていると、頭痛を堪えるようにラリーが額に手を当てていた。それにしてもとてつもない美形だ。もしかしたらこのひとは、公爵さまの乳兄弟なのではないかしら。側近として怪しいものを排除しているのかもしれない。
「体をくねくねさせながらにやつくのはやめていただけませんか。気持ち悪いです」
「乙女に向かって気持ち悪いだなんて酷い!」
泣き真似をしてみせれば、彼が眉間にしわを寄せた。
「おかしいですね。婚約者が脳内お花畑の妹君から、根暗のぼんやり姉君に代わったと思っていたら、肝の据わった変人が来るなんて。婚約破棄の際とは全く雰囲気が異なるようですし、一体どういうことなのでしょう。ご説明願えますか」
「公爵家って当たり前のように隠密を飼っているのね。しかも隠そうともしないなんて、やだもう素敵過ぎるわ!」
感極まって身悶えしていると、家令の顔がひきつるのがわかった。
「大丈夫よ。私は公爵さまの敵ではないわ。単に公爵さまを推している根暗というだけだから。これから仲良くしてちょうだい」
「今の自己紹介で身の潔白が主張できたとお思いなら、正気を疑います」
「じゃあこれから、ゆっくり私のことを知ってちょうだい。でも私の情報と引き換えに、公爵さまの話をしていただくから!」
人差し指を立てて宣言すると、美貌の家令は深々とため息をついたのだった。
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