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(3)
それから、公爵さまのために働く日々が始まった。公爵さまに面を通すこともかなわないお飾りの妻だからこそ、穀潰しにだけはなりたくない。それに考えてもみてほしい。憧れのひとのために働くことができるとは、なんたる僥倖。自身の幸運を噛み締めながら、腕まくりをする。
まずは洗い場だ。だがそこには今日もまたラリーが仁王立ちしていた。毎日飽きずに私を監視するなんて、もしかして暇なのだろうか。
「公爵夫人ともあろうお方が、下働きの真似ですか?」
「大切な公爵さまのためよ。さあ、シーツをこちらへ」
にっこりと両腕を差し出したというのに、彼は洗濯物の山をこちらに渡そうとはしてくれない。
「両手の指をわきわきされるとおぞけが走ります」
「そうかしら。シーツがダメなら枕でも」
「手ぐすね引いて待たないでください」
「うるさいわね。じゃあ夜着を」
着用済の夜着を触ってしまうなんて。きゃっ、恥ずかしいわ。
「なにを鼻息荒くしているんですか」
「そんなナニをするつもりもないのに」
「朝っぱらからいかがわしいことを言うのはやめてください」
「今の会話に卑猥な部分などこれっぽっちもなかったわよ。ラリーったら欲求不満なんじゃないの?」
「いい加減にしてください。その口を縫いつけますよ」
仕方がないので洗濯は諦めて、掃除に励むことにする。
「こ、ここが、公爵さまの私室!」
「すごい勢いで深呼吸をするのはやめてもらってもいいですか?」
「ちょっと待って。公爵さまの吐いた息を吸いこんでおくのに忙しいのよ」
「今すぐ出て行ってください」
「ああ、ごめんなさい。もう変なこと言わないから!」
「脳内でとんでもない妄想を繰り広げられるくらいなら、口から垂れ流していただくほうがマシです。警戒できますので」
「理由が酷くない?」
私の言い分が通ることはなく、速攻で部屋から追い出されてしまった。変なものを仕掛けたりなんて、絶対にしないのに。手持ち無沙汰な私は、廊下を磨きながら愚痴をこぼす。
「私室がダメなら浴室でも良いのに」
「絶対に嫌です」
「ラリーはどうしてそんなにケチなのかしら。厨房への立ち入りも禁止されたし」
「怪しげな本を読みふける姿を見れば、誰だって禁止します」
「あれはただの『おまじない』の本だし、自戒のために読んでいるだけよ?」
「信じられる要素がありません」
「推しが嫌がることをするはずがないのに」
書類上とはいえ公爵夫人である私だが、ラリー以外に話しかけてくるひとはいない。使用人ごっこをしていると、おぞましいものを見たように顔を背けられ、遠巻きにされる有様だ。
だがラリーが相手をしてくれるおかげで、屋敷の中で孤独を感じることはなかった。
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