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 それから、公爵さまのために働く日々が始まった。公爵さまに面を通すこともかなわないお飾りの妻だからこそ、穀潰しにだけはなりたくない。それに考えてもみてほしい。憧れのひとのために働くことができるとは、なんたる僥倖。自身の幸運を噛み締めながら、腕まくりをする。  まずは洗い場だ。だがそこには今日もまたラリーが仁王立ちしていた。毎日飽きずに私を監視するなんて、もしかして暇なのだろうか。 「公爵夫人ともあろうお方が、下働きの真似ですか?」 「大切な公爵さまのためよ。さあ、シーツをこちらへ」  にっこりと両腕を差し出したというのに、彼は洗濯物の山をこちらに渡そうとはしてくれない。 「両手の指をわきわきされるとおぞけが走ります」 「そうかしら。シーツがダメなら枕でも」 「手ぐすね引いて待たないでください」 「うるさいわね。じゃあ夜着を」  着用済の夜着を触ってしまうなんて。きゃっ、恥ずかしいわ。 「なにを鼻息荒くしているんですか」 「そんなナニをするつもりもないのに」 「朝っぱらからいかがわしいことを言うのはやめてください」 「今の会話に卑猥な部分などこれっぽっちもなかったわよ。ラリーったら欲求不満なんじゃないの?」 「いい加減にしてください。その口を縫いつけますよ」  仕方がないので洗濯は諦めて、掃除に励むことにする。 「こ、ここが、公爵さまの私室!」 「すごい勢いで深呼吸をするのはやめてもらってもいいですか?」 「ちょっと待って。公爵さまの吐いた息を吸いこんでおくのに忙しいのよ」 「今すぐ出て行ってください」 「ああ、ごめんなさい。もう変なこと言わないから!」 「脳内でとんでもない妄想を繰り広げられるくらいなら、口から垂れ流していただくほうがマシです。警戒できますので」 「理由が酷くない?」  私の言い分が通ることはなく、速攻で部屋から追い出されてしまった。変なものを仕掛けたりなんて、絶対にしないのに。手持ち無沙汰な私は、廊下を磨きながら愚痴をこぼす。 「私室がダメなら浴室でも良いのに」 「絶対に嫌です」 「ラリーはどうしてそんなにケチなのかしら。厨房への立ち入りも禁止されたし」 「怪しげな本を読みふける姿を見れば、誰だって禁止します」 「あれはただの『おまじない』の本だし、自戒のために読んでいるだけよ?」 「信じられる要素がありません」 「推しが嫌がることをするはずがないのに」  書類上とはいえ公爵夫人である私だが、ラリー以外に話しかけてくるひとはいない。使用人ごっこをしていると、おぞましいものを見たように顔を背けられ、遠巻きにされる有様だ。  だがラリーが相手をしてくれるおかげで、屋敷の中で孤独を感じることはなかった。
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