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 すっかりラリーとも打ち解けたと思っていたある日、どこか苛立っている彼に捕まえられた。壁に押し付けられる。 「相手が私だから良いようなものの、そんなお綺麗な顔で女性を壁際に追い詰めたりなんかしてはダメよ」  彼は色仕掛けで周囲の女性をふるいにかける役割も負っているのだろうか。首を傾げる私に、顔を近づけてくる。 「あなたの目的は一体なんなのですか。僕にはさっぱり理解できない。間諜として働いているにしてはあまりに間抜け過ぎます」 「ただ単に公爵さまが穏やかに暮らせるように、お手伝いをしたいだけよ」 「救国の英雄に恩を売りたいと?」 「逆よ。私を救ってくれた英雄の力になりたいだけ」  やましいことなど何一つないから、逸らすことなく紫の瞳を見つめ返す。 「そんなに役に立ちたいのなら、呪いを引き取ってさしあげては?」 「え?」 「おや、ご存知ありませんでしたか。呪いを消すことは難しいですが、他人に移すことはできるのです。引き受ける相手が心から望みさえすればね」 「……それだ!」 「はい?」 「なんてことなの。呪いを引き継げるなんて想像もしなかったわ。私でも役に立てるんじゃない。良かったわ、じゃあラリー。今すぐ仮面を持ってきて」 「仮面、ですか?」 「そうよ。公爵さまがいつもつけていらっしゃるあの仮面が呪物なのよね?」 「あれはむしろ呪いを抑える聖具でして……」 「そうなの? だったらどうやって呪いを引き受けたら良いのかしら」  考え込む私に、慌てたような顔をしたラリーが尋ねてきた。 「ちょっと待ってください。呪いを引き受けてどうするのです」 「それは確かに問題よね。公爵さまは、呪いが解けたら私のことを実家に送り返してしまうのかしら」 「心配するのはそこですか?」 「書類上の妻だからこそ、呪いが解けたらあっさり離縁させられるような気がするのよ。まさか国王陛下は、もともと妹に呪いを移すおつもりだったのかしら?」  不敬とも言える私の予想に、ラリーは首を振った。 「黒の魔女に対抗する力を持つ、白の魔女からの助言だったのです」 「魔女はたくさんの道筋を見通してしまうから。私が呪いを引き受けると、最初からわかっていたのかもしれないわね」  周囲の思惑など別にどうだっていいのだ。公爵さまが幸せになることが、私の幸せなのだから。 「どうして……」 「昔ね、公爵さまにお声をかけていただいたことがあるのよ。私の話をすごく楽しそうに聞いてくださったの。不思議ね、話した内容はちゃんと覚えているのに、お声もお姿も一切思い出せない。記憶に残っているのは、あの艶やかな仮面だけ」 「たったそれだけのことで」 「たったそれだけのことで、当時の私は救われたわ。家族に放置される子どもだって、ちゃんとこの世に存在していいのだと彼が教えてくれたから」  救国の英雄と呼ばれているのに、彼が表舞台に出てくることはない。そんな彼のためにできることがあるのなら、命だって差し出してみせる。 「呪いを私に移す方法を教えなさい。さあ!」  ぐいぐいとラリーに逆に迫り始めた私が動きを止めたのは、予定外の来客の知らせを受けたからだった。
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