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 客間にいたのは結婚式を挙げたばかりの妹だった。幸せ真っ盛りのはずなのに、顔色はさえない。妹は私を見るやいなや信じられないことを言い始めた。 「お姉さま、お願い。実家に戻って、わたしたちの手伝いをしてくれないかしら?」 「無茶なことを言わないでちょうだい。私は公爵家に嫁いだのよ。実家の雑務を請け負うことなどできないわ」 「でも、公爵さまとは白い結婚なのでしょう。この家の侍女に聞いたわよ。お姉さまったら、使用人の真似をして公爵さまの気を引こうとしているんですって? その上まったく相手にされないせいで、毎日独り言ばかり言っているそうじゃない。惨めなものね」  私はラリーと一緒に過ごしているのだけれど。使用人はいないものとして扱うという教育が徹底しているということなのかしら? 「跡継ぎ教育はどうなったの?」 「できないものはできないの。お姉さまの仕事だったのに急にやれと言われても」 「それをわかっていて、婚約者を取り替えたのよね?」 「わがまま言わないで。お姉さまが黙って手伝ってくれたら、今まで通りうまくいくんだから」  どちらがわがままなのだと言いたくなるのをこらえて、小さくため息をつく。 「それにお姉さまだって嬉しいでしょう? 大好きだった元婚約者の役に立てるのよ。まあ今はわたしの夫だけれど、時々ならお姉さまに()()()()()()()()()()()()()()()」  とんでもない言い草に思わず青筋が立った。私はお飾りとはいえ、公爵さまの妻だ。誤解も侮辱も受けたくない。 「私がどうしてあなたたちの結婚に同意したのか理解していないの?」 「寝取られたから仕方なくでしょ?」 「私はあなたたちのことを心から祝福していたわ」 「嘘よ。すごい顔をして震えていたくせに」 「だって、叫び出すのを必死で堪えていたんだもの。あの場で『いやっほう、小説でよくある婚約破棄発生だぜ、いえーい』なんて叫んだら、頭がおかしくなったと思われるに決まってるでしょ」 「……お姉さま、何を言っているの?」 「あなたたちは、まったくお似合いのふたりだってこと」  思わず両手を握りしめたのは、拳を突き上げるのを我慢していたから。  声も出せずに小さく震えていたのは、笑い出すのを堪えていたから。  顔を覆ったのは、にやけているのを見られたくなかったから。  いびつな笑みを浮かべていたのは、萌え語りしてしまいそうな自分を必死で抑えていたから。 「じゃあ、どうして呪われ公爵との婚約を聞いて悲鳴をあげたりしたの?」 「憧れの方の妻になるのよ! 嬉しすぎて正気でいられると思う? 命だって危ういのに」 「お姉さま?」 「憧れのひとがひとつ屋根の下にいるの。同じ空気を吸って、好きなだけお仕えできるの。その上、『あなたを愛することはない』とか萌える台詞を言ってもらえるかもしれないなんて、完全にご褒美じゃない。幸せ過ぎるわ」  口をあんぐりと開けた妹の姿がおかしくて、思わず笑ってしまった。 「お姉さまってただの阿呆だったの?」 「あら、知らなかった?」 「僕からも聞きたいことがあります」  妹との会話に割り込んできたラリーは、真剣な顔をしていた。 「『無理無理無理無理。そんな、嘘よ。絶対に無理だわ。私、死んでしまうかもしれないっ』というのは?」 「『好き過ぎて無理、興奮と感動で爆死してしまう』以外に何の意味があると?」  なぜか食い気味なラリーの姿に驚きつつ、当然のことを口にした。怪訝そうな妹は放置しておく。 「そういうことだったんですか……」 「どうしてラリーが顔を赤くしているの?」  他人の惚気が恥ずかしく感じるお年頃なのか。 「私は一生楽しく、お飾りの妻を続けていく予定なの。諦めてちょうだいね」 「いい加減にしてよ。変な一人芝居まで始めて! お姉さまが手伝ってくれないと困るの。こうなったら、お金の援助でもいいわ。助けてくれるなら、何だってする! 公爵の呪いだって引き受けてみせるわ!」  ――その言葉に二言はないな―― 「え?」  私は固まってしまった。ひび割れた声が突然割り込んできたかと思ったら、部屋の中から妹の姿が消えてしまったのだから。
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