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(6)
「なるほど、魔女はそうきましたか」
「ちょっと、ラリー。何を急に笑い出しているの。怖いんだけれど」
「ジョアンは実家には返しませんよ。見えないはずの僕を認識し、あふれるほどの愛で抱きしめてくれたあなたを手放せるはずがない」
「何を言っているのかしら。私がお慕いしているのは、公爵さまだけよ。それより妹がいなくなっちゃったんだけれど、あなた何か知らない?」
そう言いながら家令を見上げた瞬間、息を呑んだ。どうして気がつかなかったのだろう。結い上げた艶めく長い髪に、きらめく菫色の瞳。顔を覆い隠す印象的な仮面をつけていても、公爵さまの姿は今のラリーの容姿とまったく変わりなかったというのに。
「……公爵さま?」
「どうやら呪いが移ったというのは本当のようですね」
「どういうこと? どうして私はあなたのことを公爵さまだと認識できなかったの? あなたの姿は何一つ変わっていないのに」
「黒の魔女の呪いについてまず説明しましょうか」
公爵さまが語ったところによると、黒の魔女はかつてこの国の王女の誕生日に招待して貰えなかったことがあるらしい。無視される辛さを味わえと、それ以来「他者から認知されにくくなる呪い」をかけてくるようになったというのだ。
「強制的に透明人間にされると?」
「見えなくなるだけでなく、声も聞こえず、記憶からも薄れていくそうなのでより悪質でしょうね」
「そんな呪いをなぜ公爵さまが?」
「本当は国全体にかけるつもりだったようでして」
「!」
国として認知されなくなったとき、一体どうなるのか。具体的な内容を想像し、血の気が引くような気がした。そんな大きな呪いをひとりで引き受けたこの方は、どれだけ孤独だっただろう。私が読むことのできた彼の功績は、少しでも彼を記録し、記憶してもらいたいという国王陛下の優しさによるものだったのかもしれない。
「魔女はどうして私に呪いを移さなかったの?」
「呪いは真実の愛で消えると言うのがお約束。呪いが消えれば、彼女は楽しみを失ってしまいますからね。新しいおもちゃを見つけることができてほくほくしていることでしょう」
「あの子が馬鹿なことを言い出さなければ、かかることのない呪いだったということね」
「自業自得と言いたいところですが、あなたの妹です。白の魔女の手を借りましょう」
そしてラリー……公爵さまは、ふたつの仮面を宙から取り出した。見たことのない意匠のものだ。口を尖らせた男と細目の女の顔。
「僕からの餞別です。まあ実際に用意してくれたのは、白い魔女なのですが」
妹が妙ちきりんな面をつけると、ようやく姿を認識することができた。きいきいと騒ぎながら、地団駄を踏んでいる。
妹がこれだけの音を立てていたというのに、欠片も気がつくことができなかったなんて。
「どうも先程から僕に飛びかかってきたりもしていたようなのですが、この呪いにかかると物理的な干渉もできなくなりますので」
とんだ生き地獄だ。
「何よ、このふざけた仮面は。こんな奇天烈なものをつけて暮らせというの?」
「正確には、あなたの夫君もですよ。東の島国では家内繁栄と夫婦円満の象徴だそうで。どちらも縁起物です」
「馬鹿にするのも大概にして。お断りよ!」
「お嫌なら別に構いませんよ。ただ仮面をつけていなければ、他者から認識されにくい上に、存在が擦り切れて消滅する可能性が高まるそうですが。それでも良ければどうぞご自由に」
そう言うと、公爵さまはあっという間に妹を屋敷の外へ放り出してしまった。
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