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(1)
「本当にすまない。俺は君とは結婚できない。どうか婚約を解消してほしい」
結婚式を間近に控えたある日。決死の表情で屋敷を訪れた婚約者の言葉に、思わず両手を握りしめた。婚約者と妹が駆け落ちを計画しているなんて噂を耳にしていたけれど、まさかこんなことになるなんて。声も出せずに小さく震えていると、今度は瞳を潤ませた妹が声をかけてくる。
「お姉さま、本当にごめんなさい。でも、自分の心に嘘はつけないの。わたし、神さまの前でお姉さまの結婚をお祝いなんてできないわ」
周囲の戸惑いなど気にもならないのか、婚約者と妹はいつの間にか手と手を取り合い見つめあっていた。直視するのが辛くて、たまらず顔を覆う。平静を装いながら、ふたりに提案した。
「道ならぬ恋に真実の愛なんて素敵ね。もちろんふたりを応援するわ。あなたたちなら、この先どんな困難があろうとも乗り越えていけるでしょう」
叫びだしたくなるのを必死でこらえ言い切った。いびつな笑みを浮かべる私の手を、妹が握りしめる。
「お姉さま、それはわたしの婚約者とお姉さまの婚約者を入れ換えるということでいいのよね?」
「そう言えば先日お父さまが王城から呼び出しを受けていたようだけれど、あなたの婚約の話だったのね。わかったわ。喜んで引き受けましょう」
もしかしたら、その婚約が彼らの暴挙の引き金になったのか。酒癖、女癖、借金に賭博。悪評高い人々に心当たりはあるものの、国王陛下直々に婚約を調えなければならないとなると……。
「ありがとう、お姉さま。お姉さまの結婚相手はね、救国の英雄よ。いつもつけていらっしゃる仮面の下にはどんなおぞましい素顔が隠れているのかしらね」
妹の言葉に一瞬思考が停止し、その直後膝から崩れ落ちてしまった。黒の魔女からこの国を救った彼と結婚するだなんて、そんなの幸せすぎる!
「ああああああああああああああああ」
「うふふふ、お姉さま、ダメよ。今さら婚約者と呪われ公爵を交換できないだなんて、聞いてあげないんだから」
「無理無理無理無理。そんな、嘘よ。絶対に無理だわ。死んでしまうかもしれないっ」
「大丈夫よ。お父さまいわく、お飾りの妻になっていればそれで十分ってことだったから。ぼんやりなお姉さまにもできる簡単な仕事よ」
静まり返った屋敷に響き渡る悲鳴。どうしても声を止められなくて、叫び続け……ふっと気が遠くなった。興奮しすぎて貧血を起こしたらしく、意識を取り戻した時には馬車の中。きっと両親が、ややこしいことになる前にと私を押し込んだのだろう。
そうして私は、公爵さまの元へ身一つで嫁入りすることになったのだった。
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