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「わたしはもう少しここにいる」
正樹も思うところがあったのか、無理強いはしなかった。
「そっか。暗くなる前に帰りなよ」
「うん」
「じゃあーー」
正樹はいったんそこで言葉を切ると、私に向かって頭を下げた。
「いままでありがとう」
わたしは立ち上がって答える。
「こちらこそ」
わたしの言葉を聞いて、正樹は体をくるりと翻す。そして一歩を踏み出そうとしたその背中にわたしは声を掛けた。
「わたし、近い未来にまた正樹と出会う気がするな」
正樹は半身だけわたしに向き直る。
「申し訳ないけど、俺、いままで元カノと偶然会ったこと一度もないよ」
苦笑いで答える正樹に、わたしは内心で笑いかける。
知ってるよ。私が保証する。少なくともここ6年間、あなたは一度たりとも元カノとは会っていない。見方を変えれば、逆に会い続けているともいえるけどね。矛盾しているようだけれど、事実、そう。
「なんとなく思いついたこと適当に言っただけよ。気にしないで」
わたしは正樹を見据える。そして、息をしっかりと吸い込んだ。
「さよなら」
うなずく正樹。
「うん。じゃあな」
赤みがかった空にも闇の気配が浸潤し始め、夜の帳が下りるまでの猶予もわずかだ。気温も下がり、吹き付ける風も肌を刺すような鋭さをまといはじめた頃、わたしはまだあのベンチで物思いに耽っていた。
ーーそうか、妹……。考えたことなかったな……。
わたしの口の端はゆるりと持ち上がった。
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