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なんとか先に、駅に到着したようだ。
駅の入り口そばに車を止めた。そして、ポケットにスタンガンを忍ばせた。
車から降り、駅の中へ入る。
そういえば、新しい駅になってから一度も来たことがなかったな。随分と綺麗になったものだ。
そして、旭川着の電車をチェックする。
「あっ、これだ」
あと、二分ほどで到着だ。意外に、ぎりぎりだったようだ。
緊張と不安で、体が強張る。ポケットに手をつっこみ、スタンガンを握る。いつでも取り出すことができるように。
二分がこんなにも長く感じることなど、今までにあっただろうか。落ち着かず、ウロウロする。
なにげにガラスに映る、自分の姿を見る。
目立たぬよう、全身黒でまとめた服装は、逆効果で余計と目立ち、不審者感が否めない。それに、さっきから落ち着かず、ポケットに手を突っ込み、ウロウロしている様は、まさに、不審者。今ここで、職務質問でもされたらややこしいことになる。
すると、改札口に人が、一人、また一人と降りてきた。
俺は、さっと隠れ、男が来るのをじっと待つ。
耳の中が痛くなるほど、鼓動が激しく波を打つ。
「──来た」
よし、慌てるな。冷静になれ。バレないように追うんだ。外に出た時がチャンスだ。
しかし、一向に男は外へ出る気配がない。しかし、歩く姿に迷いはなく、行先は決まっているようだ……。
──トイレだ。男はトイレに向かった。
これはチャンスでは?
あの密室空間なら人に見られる心配もなく、しかも、抑え込みやすい……。
小走りで、後を追う。
男がトイレに入ったのを見計らい、自分も向かう。
と、その時だった。
男子学生の団体が、トイレへなだれ込んでいったのだ。
なんてことだ。絶好のチャンスだったのに……。
仕方ない。トイレ近くの物影に隠れ様子を伺う。
「来た!」
男は間違いなく一人だ。よし、外に出るまで静かに追うぞ。
しかし、またしてもなかなか外へ出ようとしない。
何をやっているんだ?
もしかして、俺に気づいているのか……?
地元の駅で、俺が見つけることができなかっただけで、男は俺を見つけていたのか?
いや、それはないと信じたい……。
──男が動いた。今度こそ出口へと向かっている。
すると、男が外の方に向かって手を振った。
なに? どういうことだ?
その視線の先にいたのは……女だ。
女? どうなっているんだ……。
見る限り、二人は深い仲のようだ。
その女は、二十代とも三十代とも見て取れる年齢不詳。短いスカートを履き、高いヒールをコツコツ鳴らし、手を振りながら男に近づき、胸を押し当てるように、腕を絡ませた。
俺から逃げるためにここに来たわけではないのか?
この男はどこまでクズなんだ……。人を殺し、さらに妻を騙し……。
「悪魔だな、こいつ」
少し、入口付近で談笑したあと、二人は外へ出て行った。
──俺はどうしたらいいんだ?
今近づけば、なんの罪もない女も巻き込むことになる。
……仕方ない。もう少し、様子を見ることにしよう。
俺も後に続き、外へ出た。
二人は歩きながら、買い物公園へと向かっているようだった。
俺はあらゆる遮蔽物に隠れながら後を追う。
買い物公園は、平日ということもあり、人はまばらだ。昔は、平日だろうが混雑しており、活気があった。しかし、郊外に、大型施設が建ちはじめると、だんだん街の中心部から人は離れていった。そのうえ、札幌がそう遠くない距離にあるため、そちらに流れているということもあるだろう。
すると二人は、最近やっと旭川にも進出した、有名なカフェに入っていった。
自分も入るべきか悩んだが、見られでもしたら計画が全て水の泡になりかねない。外で様子を見ることにする。
幸い二人は、窓際の席に案内されたようで、見張りやすい。
二人は、時折手を絡ませながら、見つめ合い、頬を触ったりしている。
「俺は、何を見せられているんだ」
──ふと、違和感を覚える。
そもそも、外に女がいたというのに、なぜ、妻に手をだしたのだろう。それに娘にまで。
俺の考えでは、妻が男を拒否したことにより、逆上したとばかり思っていた。しかし、他に女がいるのなら、妻に固執する必要はなかったのではないか……。
それとも、ただ、殺したい衝動に駆られた……。
もしそうだとしたら、今、手を絡ませ談笑している、目の前の女も危険なのではないか?
──いつ、殺されるかわからない。
もしかして、この男、俺が思っているよりはるかに、残虐な男なのかもしれない……。
このあと、三十分程滞在し、二人は出てきた。
俺は慌てて物影に隠れる。
二人は少し道を変え、歩きだした。
どこへ向かっているのか見当もつかない。
大きな交差点に差し掛かり、横断歩道の信号が赤に変わり、止まる。
その時だった。
「田畑さん!」
突然、俺の名前を呼ぶ声がした。
まずい! バレてしまう! 誰だ!
その時、止まっていた男が、ものすごい勢いで後ろを振り向く。
俺はちょうど、近くのビルからビルへと移動中だった。
二人、目が合う……。
すると、男は女を突き飛ばし、走りだした。
しまった! バレてしまった! ここまでうまく後をつけていたのに! くそっ!
しかも、俺を呼んだ奴は誰だったんだ?
そう思い、恨む気持ちで辺りを見渡すと、近くに、立ち話をしている女性二人組がいた。
「田畑さん、こんなところで会うなんて、久しぶりだね」
──同姓か! なんてことだ、こんな時に。
完全に運命のいたずらとしか思えないこの状況に笑うしかない。
すると、クラクションと急ブレーキの音がし、振り返る。
そして、──ドン、と鈍い音がした。
女が男に突き飛ばされた勢いで、車道に飛び出し、そこに走ってきたトラックに跳ねられたのだ。
女はトラックに当たった衝撃で、遠くに飛ばされ、アスファルトに体を打ち付けた。女はぴくぴくと、体を震わせていた。まるで釣られた魚のように……。
俺は、反応を見ようと男を見た。すると男は、一瞬見ただけですぐにまた走り出した。
ぴくぴく体を震わせる女を、どうするべきか悩んだが、男を見ると、ぐんぐん遠くなり、男の姿は小さくなっていく。
──俺は、悪魔に魂を売ったんだ。
後ろ髪を引かれる思いで、その場を離れ、後を追う。
「待て! 福田!」
大声で名前を叫んだ。
全速力で力の限り走る。
追う、逃げる……。
息が苦しく、足がもつれ、もう止まりたいと、気持ちが折れそうになる。しかし、妻と娘の顔が頭をよぎり、ギアを上げた。
男は明らかに速度が落ち、足がもつれ、何度も転びそうになっている。後ろからでも、動揺が見て取れる。
そんな苦しみながら走る男を追いかけているうちに、追いかけっこをしている鬼の気分のように、楽しくなっている自分がいる。
もうすでに、この時点で復讐は始まっているのだ。
そして男は、後ろを振り返った。
その顔は蒼白、絶望と顔に書いてあるようだった。
──いい。俺が見たかった顔は、それだ。もっと絶望を感じ、その顔を見せてくれ。
男は、もう走る力がほとんど残っていないようだった。肩を上下させ必死に呼吸をしている。そして、瘧のように体を震わせていた。
俺もスピードを緩め、じわじわと、詰め寄る……。
──その時、俺はどんな顔をしていたんだろうか。
男は、一瞬、目を見開き、よろめき、尻もちをついた。
「──ドン」
男は、知らないうちに車道に出ており、走ってきたトラックに跳ねられ、反対車線に飛ばされた。そして、さらに反対車線を走っていた車のボンネットに乗り上げ、飛ばされ、俺の前へ、まるで天使のように舞い降りてきた。
俺の胸は高鳴り、明らかな興奮を覚え、男を観察する。
口からは赤い泡を吹き、頭は後頭部が割れ、何かが出てきているようだった。
俺は男に話しかける。
「苦しんでいるのか?」
「あ……く……」
「お前の最後の言葉など、聞く必要などない」
俺は、あの日部屋に男が落としていった靴下を、男に口に押し込んだ
「忘れものだ」
俺は、動かなくなる男を見届け、その場を後にした。
俺の復讐は終わった。
不本意な復讐ではあったが、最後、男が見せた、死への恐怖と絶望を感じたあの顔……。
──たまらない。
その時、悪魔が俺の肩に手を置き、こう囁いた。
「ようこそ──」
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