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02.名乗られてみれば
「律さん、お客さんが訪ねてきてるよ」
ピアノの音色のチェックを終えた律に、事務の職員がそう告げた。律は作業場の隣にある事務室へ向かう。そこには一人の女性の姿。
「こんにちは。律くん。私のこと覚えてる?」
その訪問客は律の顔を見るなり、笑顔を浮かべてそう聞いた。どことなく見覚えのある顔立ち。全体的に穏やかな表情の中に聡明さを感じる目。でも、どこで会ったのか、記憶が出てこない。
「ごめんなさい。どこかでお会いしたことがあるような気はするんですけど、名前が出てこなくて……」
律が女性にそう告げると、女性はくすくすと笑う。その笑い方にやっぱりどこかしら見覚えがある。
「そりゃもう二十年くらい会ってないものね。私よ、紗月」
律の頭に古い記憶が一気に押し寄せた。小学五年生の時の同級生。目の前にいる女性の顔立ちは大人っぽく、そして今どきの化粧と髪型をしているが、名乗られてみればたしかに紗月。
「思い出した、紗月さんだ。懐かしいね。でも、急にどうしたの? というか、どうしてここに僕がいるってわかったの?」
「仕事で頼みたいことがあって。それであちこちの会社をネットで探してたらこの工房が出てきて、律くんの顔と名前も見たの」
たしかにこのピアノ修理工房にはホームページがある。国内からだけではなく、国外からの注文が増えてきたのでホームページを作った。職人紹介のページには、他の職人とともに律の顔写真と名前、そしてちょっとしたプロフィールも掲載されている。
「そうなんだ。それで、仕事で頼みたいことって?」
紗月は名刺を差し出す。そこには律でも知ってる大きな会社の名前と、紗月の所属するセクションの名前。
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