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心が選択するものは
ねぇ、あなた(亡き夫)。私の選択は間違ってないわよね?だってあなたは何の前触れもなく私を置いて逝ってしまったじゃない。
私にだって心の準備があるのに。
せめて急病死じゃなかったら。
私は安穏とあなたの会社の経理事務をしながら社長婦人をずっと満喫出来たはずなのに。
そんな他愛もない幸せを望んでいたのに。
何十年経とうと私の時間は止まったまま。
あなたがこの世界から居なくなってから私は変わらない。
私の願いは変わらない。
私の幸せは変わらない。
「お母さん、夕御飯まぁだ?」
隣の部屋から娘里美の声が飛んできた。
「あぁ、今から用意するわね。」
娘里美もあれから変わらずに一緒に暮らしてるわ。
猫ばかり可愛がってちっとも私の話を聞いてくれないの。もう結婚しても良い年頃なのに。
一条さんの教えは素晴らしいのに。
一条さんのイベントに一緒に参加したいのに。
里美は宗教的なこと嫌いだからなのかしら。毎回誘ってもそっぽばかり向いてね。
夕御飯の支度をしながら昭子は呟く。
今度の一条さんの旅行ツアー楽しみだわ。
楽しみ・・なはずなのに・・・。
昭子の両目から涙が頬をつたう。
おかしいわね。涙が止まらないわ。きっとお鍋の湯気が目に染みたのね。
また昭子の心の内側にドロリとしたものが流れ入る。
それがいったいなんなのか。
昭子は気付かぬフリをして上からそっと蓋を閉めた。
(完)
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