祝福の魔女

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 時が流れ、上位魔女らの死や退職によって、ラナは9番目の魔女となっていた。  国は他国と戦を繰り返していたが、ラナには関係ない。魔女は戦には参加しない。  要塞を思わせる大きく古い城に、ラナは一人で住んでいた。  彼女の主な仕事は願掛け札作りで、依頼があれば仕事をこなして金を得る。雨乞いとか、疫病退治とか、安産祈願とか、そういった願いに対して魔力を込めた札を作るのだ。  そうやって誰にも会わない日々を過ごしていた。  さて、ラナの城は「力試しの城」と呼ばれており、あちこちに危険な仕掛けが施されている。体力の必要な仕掛けだけでなく、知力も必要なテストが用意されているのだ。  そしてそれを全てクリアしてラナの元に辿り着いた人物には願い事を一つ叶えてやることにしていた。  ただのお遊びだ。いままで彼女の元に到達した人物はいない。  ある日、ラナが部屋でくつろいでいると、急にバタンと扉が開いた。  風が扉を開けたのかと思ってそちらを振り向くと、体の大きな男が立っていたのでラナは驚愕した。  ここにいるということはつまり、「力試しの城」をクリアしてきた人物ということだ。  男は見たところ自分よりも頭2つ分くらい大きく、全身が砂埃や泥で汚れ、肩で息をしていた。数々の仕掛けを頑張って乗り越えてきたということなのだろう。 「……私はシドという。あなたが魔女か」 「そうですよ」  久々に声を発したら掠れたので、ラナは一つ咳払いをして、シドと名乗った男に椅子を勧めた。それから飲み物を取りに行ったが、庫内にはビールとウイスキーしかなかった。  席に座った男はきょろきょろと室内を見回した。その様子は少年のようだ。近付いてみるととにかく腕は太いし体が大きい。騎士だろうか。 「ビールとウイスキー、どちらが良いですか?」  ラナがそう尋ねると、シドは渋い顔をした。  こんな(なり)をしていて、酒は飲めないのだろうか。仕方ないので水を差し出す。  シドは差し出された水を一気に呷ると、大きく息をついた。 「……私は、生まれる前にあなたから「祝福」を受けた者だ」 「えっ」  ラナが「祝福の儀」に参加したのは過去に一度だけ。12番目の魔女だったときだけだ。 「ということは……、姫ですか!?」 「そう……、いや、違う。女だと思われていたが、生まれたら男だったのだ」 「まあ、なんと」  大きくなりましたね、と言おうとして止めた。  よく考えたらあの時、彼は王妃の腹の中にいた胎児で直接会ったことはない。  ラナは目の前の王子という男をまじまじと眺めた。  王子というより、将軍と言った方が正しいような風貌だ。しかし顔つきはまだ若い。あの時の子どもということはまだ未成年だろう。酒を出さなくてよかった。  まつげが長いのは6番目の魔女の「祝福」、形の良い耳は10番目の魔女の「祝福」由来だろうか。  そういえば、あの時、自分が授けた「祝福」はなんだったか。  ──そうだ、ダイナマイトボディだった。結局男だったのに。  と、ラナはシドを眺めて気付いた。確かにダイナマイトボディだった。  おっぱ……、いや、雄っぱいが服のボタンをパツンと飛ばしそうだ。すごい。自分の「祝福」の出来に惚れ惚れする。  雄っぱいをまじまじと見ていたラナに居心地が悪くなったのか、シドはもじもじとそっぽを向いた。  この城をクリアできるくらいなのだから、それは頑丈な体だろう。知性を試されるテストもクリアしたのだから、13番目の魔女の「災い」は失敗したのかもしれない(なお、彼女は後に税金未納で退職した)。 「そうだ、城をクリアしたのでなにか願い事を」  言いかけた途中でがばりと身を乗り出してきたシドに両手を強く握られた。  ラナは危害を加えられるのではないかと思わず身構えた。しかしシドは手を握りつぶすこともなく、むしろうっとりとした目で彼女に語りかける。 「妃になって城に来てくれ」 「はあ!?」  耳を疑ったラナは仰け反るが、シドはそうはさせないとばかりに体を寄せた。 「あなたが……、あなたが素晴らしい祝福を授けてくれたから、私は戦えるし、国を守れている。あなたのおかげだ。ずっと会ってみたかった」 「いやいやいや……」 「生まれる前から私のことを気にかけてくれて、力を与えてくれるなんて、これは奇跡で運命だと思う。頼む、一緒に来てくれ」  風貌にそぐわぬスピリチュアルなことを言い出したシドに、ラナは正直引いた。ドン引きだ。  ラナは奇跡も運命にも興味はない。魔法は数学と科学なのだ。  スピっている男を無視して、手を振りほどいた。 「あれは仕事の一環でしたから、特別な意味はありませんよ。それに私は魔女なので誰とも結婚しません」 「私にとっては特別な意味を持つ。生まれる前からの運命の人だ」  前言撤回だ。やはり13番目の魔女の「災い」は成功したのかもしれない。愚鈍かも。  ただ、約束なので願い事は叶えなければいけない。 「無理です。ほかに願い事は?」 「ない」 「……仕方ないですね、戦いましょう。この城の最後の力試しの相手は私です」 「望むところだ」  ラナとシドは、要塞のような城から外に出て戦った。  正直なところ、ラナは負けるはずがないと思っていた。なんせ自分は魔女だし、相手は普通ではないかもしれないけど魔法の使えない人間だ。  それなのに、勝負は一方的だった。  実は、ラナには戦闘経験がなかった。得意なことは手先の細かい作業で、城にひたすらこもっている。魔法の腕はともかく、戦闘に必要な勘もなければ体力もない。  シドは筋肉の塊のわりに、非常にすばやく動けた。ラナの魔法を俊敏な動作で躱し、逆に彼女に攻撃を与える。  決着はあっという間についた。  地面に這いつくばるラナの喉元に、殺傷能力の高そうなシドの刃物が沿う。 「ぐぬぬぬ」 「約束だぞ、妃になってもらう」  魔女の誓約は絶対だ。  くそっ、あの時、同情してダイナマイトボディなんて「祝福」を授けるのではなかった。よその子どもなんてどうでもよかったのに。  筋肉バカが、最悪だ。  ラナは、本当に本当に本当に不本意だったけども、「祝福」を与えた子どもの妃になることになった。
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