1.千馬の王子様

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4月、新年度、週始めの月曜。 駅からオフィス街へと向かう働きアリの列が、今朝もせかせかと自分達の巣を目指す。 赤信号の交差点では、10日目にして疲弊した長いため息や、調子悪そうな咳こみが群れの中から聞こえて……ちょっと憂鬱な時間。 諸々の葛藤とタスク管理で、頭も胸中もいっぱいだから仕様がない。 誰もが険しい表情で仕方なく立ち止まり進めを待つ。 青信号の腑抜けた音色が頭上を渡り、カツカツいうヒールの音と、ザッザッと強く路面を(こす)った重音がリズムを作る。 行進曲のようにその流れに乗った。 必然と皆と同じように、って。 体が反射的に歩く速度を早めるのだから…… 労働って怖い。 掠れて薄くなった横断歩道を渡り、殺風景な灰色のアスファルトを蹴って、四方八方へ散り散りになる―――――通勤の光景。 オフィス街を吹き回る朝の空気はいつも堅苦しく感じる。 ビルの隙間からひんやりした風が吹き抜け、コートの裾をめくり、髪先をふわりと撫でていった。 この春風は期待した通り、冷たさや緊張の棘棘しさがない。 その心地良さに気分が弾んで人知れず口元を緩める。 休暇中に新調したピンクベージュのスプリングコートは軽くて肌当たりがいい。 少し明るめに染めたブラウンの髪は、ピンクのハイライトをさり気なく入れて、ミディアムの毛先を軽く外ハネにスタイリング。 アラサーでピンクは痛いかなと思ったけど、かわいげをプラスして今年は婚活でイイ男とめぐり逢いたい!という意気込みでオーダー。 既に報告を受けている友人達の結婚が、気後れして冷めてた恋愛感情を盛り上げてくれている。 この結婚ラッシュに乗り遅れたら…… ガタガタルートに突入する、たぶん、ね? と危機感も同時に発生して。 仕事も落ち着いてるし、節目を迎える今が心機一転のチャンス。 金曜に有給休暇をあて、今日から新しいスタートをきるつもりで、連休でプレアレンジとリフレッシュしてきた。 転職3年目! 御祝儀のため、自分磨きのため、婚活のため! 頑張って働きましょ。 軽快に自社の入ったビルのエントランスをくぐる。 普段より心持ち清々(すがすが)しく、ふふん♪て感じで。 25階あるオフィスビルには、この時間帯続々と従業員が出勤し、たいていは突きあたりのエレベーターで上階のオフィスへ向かう。 私も自社ビルに入ったら、この1階のフロアを歩きながら本日のToDoをリストするのが朝のルーティン。 えーと、今日はイースターマンデー。 欧米は休業してるから問題なし。 アジア圏は(ワン)さんにお任せして、私はヘルプで定時には上がれそうかな? 早く帰れたら… 『 七鳥(なとり)さん!』 「ん?」 名前を呼ばれた気がして、左右後方まで目を向けるも知り合いはいない。 たまに後ろから私を見つけた同僚が、声をかけてくれてとか。 逆もありで一緒にオフィスまで向かうことはあるけれど…… 気のせい?と向き直り歩みを正すと、前を歩く人達がちょうどフロアの真ん中辺りを、遠巻きに避けてエレベーターへ向かって行っている。 物珍しげにそこに視線を置きながら、何だろうと不可解そうな顔をして…… 何??? 警戒しながら進むと、視界から()けていく前の人の背中の間から――――― まばゆい光が突然現れた。 「七鳥さん!」 フワァッサァァァ... 私を呼ぶ声と共に赤い薔薇の花びらが舞う、花吹雪の幻影が一瞬走り抜ける衝撃。 見開いた視界は異次元の映えが起こっていて、ピタッとその場に硬直した。 大っきな赤い薔薇の花束を持った完璧容姿(イケメン)が―――――キラキラの笑顔で待ち構えている!?
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