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「ふー……」
俺はウィザーの部屋の近くで出てくるのを待っていた。外回りは一応外部の人と関わるから変に緊張する。
「ロコ」
「はい、え、あー……」
このタイミングで俺の名前を呼ぶってことは「行くぞ」の意味。いつもならそのまま街を歩くだけなのに、今日は少し困ったことがある。
「馬の用意は?」
「あ、門のとこにいます」
いや、やっぱり服着崩れてるよなぁ……。こういうのって指摘しづらいけど、俺が言わないと街の人たちに笑われちゃうし……。
「あの、今日暑いですね〜……。その、首元緩めたくなりません?クールビズ的な……」
察してくれ〜〜。そして、自然に直ってくれ〜。
「別に」
はぁ……、これ無理なやつだ。こういうの胃が痛くなるからやなんだよなぁ。
「すみません。首元失礼します」
俺は深く頭を下げた後、ウィザーの襟に触れた。いつも甲冑?なんつーの?ゴツい服装してるけど、外回りの日はラフな格好をしてる。多分街の人と会うから気軽な雰囲気を出してるんだと思う。
「直りました。ありがとうございます」
俺が感謝する意味が分かんないけど、社会人とはこういうものなのだ。
「……行くぞ」
そっちは感謝もなしね。はいはい。
俺は馬に跨ったウィザーに手を差し出され、そのまま手を握った。ちょうどウィザーの後ろに太陽があって、少しずれるだけで眩しい。
「どっこいしょっ」
「……手まわせ」
本当は乗馬もできるようにならないといけないんだけど、俺はどうも上手く乗れない。それに、落馬すると死ぬんだよね?武将とかの死因って落馬じゃなかった?
「今日はジョセフィーヌちゃんです」
「また名前付けたのか」
「はい。仲良くしたいじゃないですか」
乗馬は苦手だけど、動物は好き。馬も可愛い。
俺がウィザーの腰に抱きついた後、ゆっくりとジョセフィーヌちゃんは進み始めた。
「今日はササミの方に行きますか?」
ササミって地名面白くない?俺達の住む街の繁華街的なとこなんだけど、名前を聞くたび、ふふっとなる。俺の名前もそうだけど、イメージしてた異世界よりカッコ悪いよね。
「……いや、予定を変更する」
ウィザーは手綱を引いて、ジョセフィーヌちゃんに回れ右させていた。
「どこに行くんですか?川の方ですか?」
「ロコは花が好きなのか?」
「え、あー、割と好きかもです」
会社の近くに花屋さんがあって、その花眺めるの好きだったんだよなぁー。それに、その花を見れる時はしっかり定時で帰れてるってことだし。
「そうか」
そういえば、1回後輩があの花屋さんで花束買ってくれたんだよな。上司はクソだったけど、後輩は優しかったな……。
俺が1人で昔話に花を咲かせ、ジョセフィーヌちゃんの心地良い足音を聴いてると、いつの間にか人気ないとこに来ていた。
「……えっと、どこに、行くんです……?」
まさか役に立たない俺を捨てに……。いやいや、それはないか。
「ロコ」
「はい……!?」
俺が怯えつつ、声を出すと思いの外大きくて、ウィザーの耳元で叫んだやつみたいになってしまった。でも、ウィザーは何も言わずに、俺の名前を呼んだ理由すら言わなかった。
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