二人の死刑囚

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口座に約束の金が振り込まれているのを確認してから、時間遡行者の男は六人を殺したとする殺人鬼の女を殺すため過去に飛んだ。向かう先は今から四年前。つまりその女が最初の殺人を犯した時だ。 余裕を持って殺すために、事件が起きたとされる一週間前に辿りつくと、男は女の姿を探し求めた。 そこは自動販売機もろくにない辺境の田舎だった。トラクターが土を耕す音、そこら中で鳴いている虫、ジリジリと肌を焦がす太陽の光。 未来の大罪人は、そんな片田舎の中を学校の制服を身に纏って、狭い田んぼ道を一人でとぼとぼと歩いていた。 その女は少女と呼んでもなんら当たり障りはないであろう華奢で小さな身体をしていた。長い髪の毛がなびいて、緑色のリュックに付いた猫のキーホルダーがゆらゆらと揺れている。 捕まったのが二十一歳なので、今の女は十七歳の姿であるから妥当ではあるのだろうが、あんな身体の少女がこれから四年の間に六人の男女を殺すとは到底見えなかった。 まあとにかく隙だらけだ、男は思った。これなら簡単に殺せるだろう。 男はポケットに忍ばせたナイフの柄を握りながら少女に近づいていく。致命傷を与えるには上半身に深い刺し傷を与える必要があるだろう。周りに建造物はなく人影もなかったので、正面から話しかけてから刺し殺す方法を選んだ。 「なあ、ちょっといいか」 「はい? なんでしょう」 男に声をかけられ、少女が顔を上げる。 その顔を見た瞬間、男のナイフを握る手の力が緩んだ。 いずれ完璧なアイドルになる少女の顔があまりにも綺麗だった、からではない。 少女の右頬には、できたばかりらしいやけどの痕がべっとりと張り付いていたからだ。 もちろんそんな傷は四年後に華々しくステージの上で活躍している彼女にはないものだった。 男の視線に気づいた少女は気まずそうに顔を俯かせた。 「なんの用ですか?」 「……ああ、いや、ちょっと場所を聞きたくてな」と咄嗟に男はそんなことを口走った。 「えっと、どこにいきたいんですか? どこに行くにしてもここからだと時間がかかりますよ」 男は市役所の場所を知りたいと少女に伝えた。 どうしてそんなつまらない事をウソをついたのか、男自身にも理解できなかった。 少女は長い髪でやけどの傷を隠してから、丁寧に七キロ先の市役所の場所を教えてくれた。 説明中に何度か風が少女の髪を揺らせて、やけどの痕が露わになる度に少女は顔を俯かせた。 「これで分かりましたか?」 「……ああ、ご丁寧にどうも」 では、と言い残し背を向けて少女は、男とは逆方向に歩いて行く。 小さな背中を見つめて、男はもう一度ポケットの中にナイフに手をかけた。 しかし、その小さな背中が遠くの消えていくまでナイフを取り出すことができなかった。 男は小さく息を吐き出す。 まあそう焦る事じゃない、と男は思った。彼女が殺人を犯すまでまだ一週間の猶予がある。確実に殺せる頃合いを見てからで十分なのだ。
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