二人の死刑囚

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あるところに、時間遡行者の男がいた。 時間遡行というのはみんなが想像しているのと全く同じような解釈で問題ないと思う。好きな過去に行くことができて、自由に過去を変えることができる。そんな夢みたいな力だ。 その男は金がなくなると、ふらりと誰かの前に現れて過去を変えていった。過去を変えたいという考えは誰もが持つ共通な願いのようで、小さな界隈の中で誰も気づかない犯罪者と呼ばれ有名な存在だった。 依頼内容は様々だった。過去の過ちをなかったことにしたいという人もいれば、過去に戻って過ちを犯したいという人もいた。 その全てを男は報酬次第でなんでも引き受けた。 もちろん、人を殺すこともその報酬次第だった。 「どうかお願いします。罪を犯す前にあの子を殺してほしいんです!」 依頼者のその女は頭を深く下げて懇願するように時間遡行者の男に言った。 女のひび割れるような声が殺風景なコンクリートの壁で固められた室内に響いていった。 「俺は簡単に人を殺さないんだ」と時間遡行者の男は静かに言った。 「そんなこと言わないで、どうかお願いします。もう耐えられないんです!」 女の目の下にはべっとりと黒ずんだ隈が張り付き、頬は痩せこけ、髪はがしがしに固まっていた。もう何日も風呂にも入っていない人間の臭いもする。 男はこの女の顔をどこかで見たことがある気がした。それも最近だ。 「私の娘は六人の男女を殺して死刑囚になりました。六人ですよ!? 冗談じゃない! あの子のせいで私の人生はめちゃくちゃです」 女はヒステリックに泣き叫びながら言う。 その姿を見てようやく思い出した。 この女は最近の報道番組で持ちきりの連続殺人事件の犯人の母親だった。 普段ニュースなんかみない男がその事件を知っていたのは、犯人の女はただの連続殺人鬼がじゃなかったからだ。 犯人の女はこの国では知らない人はいない国民的アイドルだったのだ。 「仕事もクビになるし、家には記者が押し寄せてきて夜も眠れない。付き合っていた彼にも逃げられる。もう散々よ!」 男はこの女の依頼をどうするべきか考えた。 時間遡行者の彼にとって、過去の人物を殺すのは簡単なことだった。殺したらすぐに現代に戻ってくれば捕まる心配もない。 「いくら出せる?」 「え?」 「金だよ。あんたがいくら出せるかでやるか決める」 「ええと、今の手持ちじゃ……百万が限度なんですけど……」 「話しにならないな」男は吐き捨てるように言ってから、女から視線を逸らした。 「待ってください! お金ならどうにかします」 男は視線を戻すと、女は口角をつり上げ汚い笑みを浮かべていた。 「……お金がたくさん貯金してある口座を一つ知ってるんです」
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