55人が本棚に入れています
本棚に追加
/106ページ
「じゃ、じゃあ、私たちはこれで」
二人はその場から逃げるように立ち去っていった。圭介さんと同じ職場の女性社員たちに、私は微笑む。
「圭介さんを守ってくれてありがとう。金一封と、圭介さんのエスコート。どちらがいいかしら」
同じ職場の女性は、目をキラキラしながら即答した。
「圭介さんのエスコートでっ」
「じゃあ、お願いね、圭介さん」
「ええー」
茶番が終わり、静かになった教会は、とても厳かだ。私は、スタッフに案内された場所に並び、目を閉じた。
(あれぐらいわかりやすかったら、こんなに悩むことなかったのかな)
結局。
私は圭介さんを選んだ。
いや、私が幼稚で先延ばしにしてただけ。
初めから決まっていて、次期社長として父の側で働いてきたのは圭介さんだ。私の決断の鈍さに、周囲の人間はもどかしかっただろう。
父に、気が変わらないうちにと急かされ、結婚式をする前に籍を入れた。
私たちの結婚は業界で騒がれたけれど、『おめでたい』というよりは、『ああ、やっとか』といったところだ。父は、母と同じようになって欲しくないと言い、仕事をしたいという私の主張を無視して、寿退社の手続きをした。
本当のところは、圭介さんを格上げさせるためだろう。
一人娘の披露宴は一度きり。多くの会社が集まるチャンスで、『ぜひ弊社の話を』と、次々に会食の予約が入る。
……父に、圭介さんに。
私へのお祝いの言葉は、皮肉にも雫ちゃんだけだった。
たっちゃんの彼女だから、たっちゃんが雫ちゃんに伝えたのだろうと思った。
「雫ちゃんには言わないで」
言えたら、どんなに楽だったのだろう。
私が雫ちゃんを追い出したいと思った時には遅く、私の世界に雫ちゃんはヌルリと入り込んで、溶け込んでいたのだ。
悪夢は続く。
雫ちゃんが、たっちゃんと頻繁に部屋に来るようになり、私の進捗情報を聞くようになった。
雫ちゃんは、私に同情し共感したふりをして、『できることがあったら言ってください』と締めくくる。
「母と相談しているので、これ以上は決まってからね」
さすがに鬱陶しくなって何度か居留守を使っていると、雫ちゃんはたっちゃんを連れて父に突撃した。
最初のコメントを投稿しよう!