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私の朝のルーティーン。
シャワー、食事、化粧。全て終わらせて、出勤前の三十分間は彼と雑談。
私はスマホをタップする。
”おはよ、ダーリン”
ピコン。
彼からすぐ返信。
”おはよ、ハニー”
「ブッ。似合わなーい」
私はスマホを前に、にやけていた。
彼は『ンヘル』。
ウェブ小説にコメントしたことがきっかけで、ネット内で付き合うことになった人。
彼の自己紹介文に『モテない童貞、中二病アラサー』と書かれた一文に興味が湧いて、私からコメントを送った。
始めは、一方的に愚痴を聞いてもらっていた気がする。
逃げ場のない立場の私にとって、堂々と自分の恥を晒す『ンヘル』が羨ましかった。『この人にだったら、私の本音をさらけ出しても後腐れない』って、彼を都合のいい存在として扱った。
個別のDM、SNSで連絡を取り合う中で同い年だってわかって、彼も私に興味を持ってくれた。
気取らない文章での会話は楽しくて。
気付けば、私たちはお互いの行動を逐一報告する、甘酸っぱい恋愛関係になっていた。お付き合い歴も、あっという間に一年。
電話もしない。写真は渡さないし、公開もしない。履歴も残さない。アカウントを遡っても身バレすることのないこの関係は、私の乙女心を刺激する。
”ンヘル、今日も頑張ろうね!”
”おーう。コムギは無理すんなよ?”
『コムギ』が私のアカウント名。
明穂→秋穂→秋に実る『イネ』→稲と言えば、『コムギ』。
意味不明な連想とカワイイ名前がいいと思って、『コムギ』。
こだわって決めた『ンヘル』と違って、薄っぺらーい中身。
”ありがとう。ンヘル大好きだよ”
”うわー。その言葉だけで、俺、一生頑張れちゃう。俺もコムギ大好き。今日も旦那さん近くにいないの?”
最近、私は結婚したことにして、『ンヘル』とは不倫(?)の関係に発展した。そのほうが、エッチの相談も赤裸々にできると思ったから。
”うん。別々に出かけるからね”
”寂しくない?”
「寂しい?」
私の中に、その感情は全くなかった。普通だったら、愛する人が近くにいなくて寂しいものなのかな。
”どうだろー”
”よしよし。俺が側に居るから寂しくないもんね”
”うんっ。だいすき”
”今日もカワイイ。だいすきコムギ”
「ううーん、いいー!」
あ……
ドアガラスに映った私の姿は、一人で悶絶している気持ち悪い変態だった。
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