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たっちゃん
ピンポーン、ピンポーン
ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン
「ああっ、うるさいってばっ」
幸せな気分を一気に不快にされるインターホン。
私は通話ボタンを押した。
「はい」
「おいっ、明穂。迎えに来たぞ。早く来い」
はあー、下品。
彼は、達也。通称たっちゃん。
『桜川グループ』の専属運転手、山川さんの息子で幼馴染。
たっちゃんはガサツで曲がったことが大嫌い。
人と衝突することが多く、仕事に就いても長続きしないから、山下さんは彼に仕事を引き継がせようとしている。
私なら、たっちゃんの良さを知っているし、うまく扱ってくれると期待している。
私は弟の拓郎君か、妹の真紀ちゃんのほうがいい。三歳下の拓郎君は大手企業の就職を勝ち取った努力家だし、十歳下の真紀ちゃんはサバサバしていて生徒会長を無事終えた。スポーツだけが取り柄のたっちゃんは、正直、大人の世界では需要がない。
それでも、私はたっちゃんを切り捨てることができない。
たっちゃんは……私の後悔。
周囲の友達が初体験を済ませた報告を聞いて、置いてけぼりは嫌だと、私から懇願して初体験を済ませた相手だからだ。
たっちゃんは私とエッチしたことをクラスメイトにひけらかすこともしなかったし、私も済ませた相手を誰にも教えることはしなかった。
学生時代に普通に接してくれたことには感謝している。
変化が起きたのは、私に婚約者ができてからだ。
急に彼氏のように振る舞い出した。
たっちゃんも仕事をしていたし、しばらくは距離を置くだけでよかった。
一昨年、私専属の山下さんのお母さまが風邪をひいて寝込んだタイミングで運転手になってからだ。
毎日のように顔を合わせるようになって、幼稚なところが露呈して、辛い。
たっちゃんには幸せになってもらいたいから、溺れるような女性を見つけてほしいとさえ思う。
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