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「遅えよ」
「ごめん」
「ちっ。俺の運転だから間に合うんだからな?そこんところ、ご両親に報告しとけよ」
「はーい」
(今は、まだ『仮専属運転手』だもんね。たっちゃんも私が結婚して落ち着けば、私と圭介さんの専属運転手か。嫌だなあ)
私は、たっちゃんが助手席のドアを開けたタイミングで軽く会釈し、乗車する。ドアの閉め方も、ちょっと強い。
「おい」
「んー?」
「今日は何時?」
「どうだろ。定時で上がりたいところだけど、終わらない仕事があるから七時にいつものコンビニで」
『桜川グループの一人娘』を隠すため、車は中価格帯の一般車。
誰かに見られても、ワガママな彼女とご奉仕する彼氏というカップルにしか見えないようにカモフラージュしている。出発後の一つ目の赤信号で、たっちゃんが切り出した。
「明穂さ、もう正体明かしたほうがよくね?仕事、楽できるじゃん」
(それがしたくないから、身分を明かしてないんだってーの)
「そうだね。もう今年で辞めなきゃいけないから、そういうのはいいかな」
「今年?なんでよ」
「お母さん倒れちゃって、お父さんに今年中に決めろって言われているし」
両親の意見は絶対だ。私がここまで自由にしてこれたのも、両親のおかげだし。
「嫌なら、俺と逃げ出そうぜ?」
「は?」
「明穂、納得いってない顔してるじゃん。だったら気楽に生きてみねえ?」
ドヤ顔をしているたっちゃんに、『心底呆れました』と言っていいものか。
「ううん、いいの。ありがとうね」
「ちっ。なんだよ」
私がよそよそしい態度だったからか、理想の返答じゃなかったからなのか。移動の十分間、たっちゃんに話しかけても、答えてくれなかった。
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