<6・死児之齢>

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 我ながら情けないことを言っている自覚はある。  それでも、止めることはできなかった。いろいろ思い出してしまったから。自分は天才ではないと思い知らされる、その恐怖を。 「怖くないわけじゃ、ないよ」  やがて、稀美は口を開く。 「もう何回も一次落ちしたけど、そのたびにショックは受けてるし。それに、怖いコメントがついたこともあるもん。全然面白くないって言われた。主人公が嫌いって言われた。設定が受け付けられないとか、ヒロインがムカつくとか、文章が拙くて読む気にならないとかそういうことも」 「じゃあ、なんで」 「割り切ることにしたからだよ。だって、芥川賞や直木賞を受賞した作品でさえ、万人にとって面白い作品じゃないんだから。一億人いたら、一億通り好みがあるのは当たり前。選ぶ人達も読む人達も好みがあるんだから、好みじゃなかったらそう言うし選考でだって落とすでしょ?もちろんコンテストで落ちるのは本当に作品が拙かったからって可能性もあるから、自分の作品を見つめ直す努力も大事だけどね。読者だって、アドバイスのつもりで真摯な意見をくれる人もいるんだし」  大事なことはもっと前にあるよ、と稀美。 「私が本気の本気になって、私自身が面白い作品を書くこと。これがまず大前提。……自分の心も動かせないのに、人の心を動かすなんてできるはずがないんだから。もちろんこれは前提であって、独りよがりになっていいって意味ではないんだけどさ。……で、本気になって、一生懸命自分が面白いって思える作品を書いたら……書く作業そのものが私の血肉になるの。それが本当に楽しくて、楽しく書いた作品が手元に残るの。私は将来小説家を目指してるけど、小説を書くのはきっと、一生小説家になれないと決まったとしても続けると思うよ」  えっへん!と彼女は立派な胸を逸らして言った。 「何故なら、小説を書くのがマジで楽しいから!大好きだから!……ねえ、東野さんはどう?小説を書いていた時、楽しくなかった?それは、本当に誰かのためだった?誰かに認められるためだけに小説を書いてたの?」 「そ、それは……」  それは、違う。リレー小説である以上、愛弓と一緒に書いていたけれど。それは愛弓のために書いていたとか、そういうわけではなくて。 ――認められなくても、夢に繋がらなくても。……一生懸命楽しんで書くことに、意味はあるの?……ううん。あると思ってるから、この子は。  意味なんてない。  そんな甘ったるい夢に縋るなんて、才能もないくせになんて情けない。なんて夢想家だ、と。  ひょっとしてそう己を責めていたのは、己自身だったのだろうか。 「……ねえ」  気づけばその問いは、するりと口から漏れていたのだった。 「貴女は、その。小説を、どういう手順で書いてるの?」  やってみようか。もう一回、はじめから。
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