<8・寤寐思服>

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<8・寤寐思服>

 少女漫画では、主人公の女の子が勇気を振り絞って男の子に告白するまで――を丁寧に描くことが少なくない。  想いを伝えて、相手に迷惑をかけることはないのか。  それこそ彼にかえって嫌われてしまって、友達でさえいられなくなる可能性は?  もっと言えば、相手には別に好きな人がいるなんてことはないのか。想いが通じず、相手も傷つけて、お互い気まずい思いをするだけならば一生伝えないままの方がいいのではないか。  少女達は悩み悩み悩み悩み、悩みに悩んで決断を下す。  漫画の世界ならば、読者たちの多くが応援するように彼女の想いは通じて、ハッピーエンドになることが殆どだ。無論、そこまでの間読者が応援できるような魅力的なヒロインを描けるかどうかは作者の腕次第なのだろうが。 ――少女向けマンガも、アニメも、いろいろ見た。恋っていうのがどういうものか知っていたつもりだったけど、でも。  あたしはどうだっただろう。  勿論、好きだと思ったからこそ西条聖樹に告白したのは事実だ。しかし、果たしてそれは一般的な恋と呼べるものだったのだろうか。  だってあたしは、漫画のヒロインたちとは違う。自分に絶対の自信があったし、今日まで己を魅力的にするべしと磨き続けてきたという自負がある。見た目も、スペックも、どれ一つとってもクラスの他の女に見劣りするつもりはなかった。今までたくさんの男子に告白されてきてより一層自覚があったというのも大きい。  だから彼女たちのように、振られたらどうしよう、迷惑だったらどうしようなんてまったく考えもしなかったのだ。だから焦ったし、動揺した。まさか彼が、他に好きな人がいるから付き合えませんなんて――そんな風に言ってくるとは思ってなくて。 ――振られるかも、なんて恐怖心はなかった。……北部さんのことを詳しく知るまでは、振られたあとだって“振り向かせるなんて簡単なはずだ”ってどっかで思っていた。だから。  普通の恋、じゃない。  成功すると、自分で保証していた。ならばあたしは、彼が絶対に己のものになるとわかっているからこそ好きだったのだろうか。クラスで一番かっこよくて、スポーツもできて、成績もいいから。そういうスペック上だけで彼を判断して、己の所有物にしようとした、それだけだっただろうか。  もしそうなら。それは、恋、ではない。恋愛とは本来、相手を尊重し、対等の立場に立ってこそ成り立つもののはず。いや、でもどこかで男はお嬢様の自分を立てて付き従うべきだと考えていたのは事実で、だったら自分は聖樹に大しても恋なんてしていなかったのか? ――けど、他に男なんて、いくらでもいる。西条くんに拘らなきゃいけない理由なんて、あたしにはなかったはずで。
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