3人が本棚に入れています
本棚に追加
聖樹について話を訊いた鈴木や田中だって十分イケメンの部類だったし、クラスの他の男子も全体的に悪くない顔の連中が多い。料理が上手いやつ、足が速いやつ、歌が上手いやつ、勉強ができるやつ。聖樹が持ってないスキルがある奴だっている。そういう奴らの誰かに鞍替えしたっていいはずだ――ただ、スペックが高い男を所有したいだけならば。
『手に入らないものなんて、今まで何一つなかった。でもあいつは違ったの!腹が立つじゃない、このあたしが欲するものを手に入れられないなんて!あいつを……サッカーよりあたしの方に振り向かせてやりたくなったのよ!それだけ!』
鈴木と田中に、自分はそう言った。あれは間違いではない。
でも、じゃあそもそも何で自分は聖樹に声をかけたのか?去年は、同じクラスでさえなかったというのに。そう、ヘタをすれば向こうはあたしの存在を認識さえしていなかったかもしれないというのに。
それは多分、きっと。
『あ、ちょ、待って!そこの自転車のおじさん待ってくださーい!』
サッカーをやっている時でも、教室で話している時でもない。
去年の春、たまたま見たあの光景が忘れられなかったからだ。駅前で、自転車で走っていく男性を風のような速度で追いかけた聖樹。あの時は、あたしの方も名前さえ知らなかった。ただ、人が落とした財布を、徐行運転していたとはいえ自転車で追いつく速度で走っていく彼の姿が目に焼き付いて、それで。
あいつがサッカー部で練習していると気づいて、だから、自分は。
「……何で、好きなのかって、そんなこと言われたって」
ああ、おかしい。
どうして、思い出して自分は、今になって泣きそうになっているのだろう。
「わかんないって。……あたしだって、自分でわかんないわよ。だって、今まで……本物の恋なんか、したことないんだから。なかったんだから」
振られた時も。その理由になんとなく想像がついた時も、全然悲しくはなかったのに。悔しいばかりで、怒るばかりで、涙なんか出そうにならなかったのに何故。
どうして本人に“本当に好きだったのか”と尋ねられただけで、傷ついたような気分になっているのか。自分の中の感情をこねくり回して自爆しただけだというのに。
「……ごめん」
そんなあたしの表情を見て、いろいろ察したのだろう。何故か、聖樹の方が心底ショックを受けたような顔をした。
「本当に、ごめん。そこまで……本気だなんて思ってなかった」
「……酷くない?」
最初のコメントを投稿しよう!