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<9・一所懸命>
家庭の用事が幾つかあった関係で、あたしが文芸部に入部届を出すのはそれから一週間後になった。その一週間があったことで、稀美と一悶着起きることになるのだが。
それは、稀美と喧嘩をしたとかそういうことではない。
放課後。入部届を出しにいざ部室へ向かおうとしたところで、同じく文芸部に足を運ぼうとした稀美に呼び止められたのだ。
そして、がばり、と頭を下げられた。
「東野さん本当に……本当の本当にごめんなさい!」
「な、な、何事!?」
え、この期に及んでまさか入部を認めませんなんて言い出す気ではなかろうな。あたしは冷や汗を掻いたが、彼女が謝ってきたのは全く別の用件だった。
つまり。
「私、何も知らなかったの……東野さんが、西条くんとのことで嫌な噂を立てられてること……」
「あー……」
どうやら、このタイミングで、あたしが聖樹に振られた話を耳にしたということらしい。むしろよくここまで知らずにいられたもんだ、と感心するほどである。
この純粋培養みたいな女の子の笑顔を曇らせたくないと、そう思った人間がきっと多かったのだろう。けして活発な少女ではない上ドジっ子だが、彼女は掃除や係であってもみんなに不人気の役を積極的にやっていくし、親切なのでけしてみんなに嫌われていない。むしろ、聖樹のようにひそかに慕っている人間は少なくないのかもしれなかった。
あたしのように、遠巻きに見られる存在とはまるで違う。
それはあたし自身の能力が高いせいもあるのだと、それを今になって疑うつもりはないのだけれど。
「ひょっとして、西条くんについて知りたくてあたしに近づいたとかある?あたしと西条くんが付き合ってるかどうか確かめたかった、とか……」
「否定は、しないけど」
「あああああああああああああああああああああああああああ本当にごめんなさい、ごめんなさい!私早とちりして、東野さんが文芸部に興味持ってくれたとばかり勘違いしてえええええ!あああああああああ穴掘って埋まりたい。いっそ東京湾に沈めてくれませんか薫子お嬢様ァァァァ!」
「落ち着け、全力で落ち着け!つかパニックになった様子が微妙に西条くんと似てるのはなんでよ!?」
このままでは廊下でフライング土下座をかまされかねない。あたしは大慌てで彼女を宥めにかかった。
そして心の何処かで安堵もしていたのだ。
彼女は本当に何も知らなくてあたしと接していた。何一つ嘘なんてついていなくて、ただ本当に純粋に、あたしに小説の魅力を教えたかっただけなのだと。
「うううう、切腹でもして詫たい心情。……こんな私と同じ部活なんて、東野さんも嫌だよね……。今日入部届出すとか言ってたけど、無理しなくていいんだよ?本当にいいんだからね?」
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