予約

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予約

「また会えたね」  にやりと「先生」は俺を見て笑う。俺は施術用のベッドの上で、顔を引き攣らせるしかなかった。 「二か月……いや、もっと前かな。君が最後に来たのは」 「……先生、早く、お願いします」  俺の言葉に、先生はくすっと笑う。 「じゃあ、うつ伏せになってね」 「……はい」  大人しく俺はその言葉に従う。  この人に初めて会ったのは……たぶん、三か月前だ。肩こりと腰痛が限界になり、俺はこの整骨院を訪れた。その時、担当してくれたのが院長でもある、この先生だった。その時、適度な運動と通院を勧められた。だが、なにかと忙しく、結局、今日まで来れなかったのだ。そのせいで、また身体は悲鳴を上げることになってしまい、怒られるのを覚悟してこうして整骨院に足を運んだのだった。 「あらら、すごいね」  先生の手が俺の背中に触れる。 「運動とかストレッチとかした?」 「と、時々……」 「ふむ」  ぐっと、先生の指が肩甲骨のあたりを押す。俺の口から「ふえ……」と間抜けな声が漏れた。 「お仕事はデスクワークだよね?」 「はい」 「姿勢も直したほうが良いね。ここ、痛い?」 「痛いというか、重いって感じで……」 「ちょっと重症だね」 「ん……」  先生の手が、的確に俺の治してほしいところに触れる。  ちょっと苦しいけど、気持ち良い……油断したら眠ってしまいそうだ。 「前の日の疲れ、翌日に残るでしょう?」 「はい……」 「腕もぱんぱんだ……次はあお向けになって」  指示に従い、俺は上を向く。  ばちん、と俺を見る先生と目が合った。  深い黒い瞳が、じっとこちらを見ている。先生、けっこうイケメンだな。モテそう。デキる大人の男って感じで。 「そんなに見つめられると照れるな」 「あ、すみません! 先生って、イケメンだなって思って」 「……そう? 色気は君の方があると思うけど」 「色気?」  俺は首を傾げる。  その様子を見て、先生は口元を緩めながら俺の肩を指で押す。 「い、っ……」 「そうやって痛みに耐えている顔、色っぽいよ?」 「な、何を言って……」 「鏡で見てみる?」  きゅっ、と動く先生の指。ちょっと痛い。俺はくちびるを噛む。 「……っ」 「ほら、その表情」 「……先生、そっち側の人ですか?」 「そっちって、どっち?」 「エスとか、エムとか……」  俺の言葉に、先生は目を細めた。  あ、ヤバい。  その顔、なんか、ぞくぞくする……。 「君はどっちなの?」 「え?」 「どっち側の人?」 「いや、俺は……」 「一緒だったら困るけど」  先生の手が、俺の首の付け根あたりを撫でる。  そして……。 「真逆だったら都合が良いよね」 「っ!」  凝り固まった筋肉をほぐすように、強い刺激が身体に走る。  うわ、痛い。  でも、それ以上に……気持ち良い……。 「それじゃ、今日はこのくらいで」 「……はい」  どれくらい全身を解されていただろう。  身体は軽くなったが、心はそわそわ落ち着かない。  まだ、ここに居たい。そんな感情が湧いていた。  俺は、そっと起き上がって先生に言う。 「あの、先生……次って、いつぐらいに来れば良いですか?」 「ああ、そうだね……」  先生はポケットから名刺を取り出して、空いているスペースにさっとボールペンを走らせた。 「ご予約は、夜の八時以降が良いな」 「あ……」  手渡されたそれには、数字が書かれていた。たぶん、電話番号……え、これ、先生の個人的なやつ……? 「あ、あの……」 「留守電に入れてくれたら掛け直すよ。いつでもどうぞ」 「っ……」  気恥ずかしくなって俯く俺に、先生は楽しそうな声で言う。 「また会おうね」  俺はぎゅっと手の中の名刺を握る。  早く「予約」をしたくて仕方が無い。  俺の心は新たな刺激を求めて、ぞわぞわと震えていた。
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