君を探して

1/10
前へ
/10ページ
次へ
 不審者情報があったのは、二週間前のことだ。  その地域の住民にとっては初めてのことではないだろうが、それでも不安になるには十分だ。  特に子を持つ親としてはなおさらだろう。  だが、この程度のことなら、そこまで警戒する必要はないと思ってしまうのは、日頃からそういった情報を目にしているからだろうか。  夫婦共働きが珍しくない時代であり、小学生以上ともなると毎日学校まで迎えに行くことはまずできない。  学校側としては、生徒に注意を呼びかけると共に、放課後になると全員を下校させることで対応するしか無いのだ。  その甲斐あってか、ここ最近は目立った事件も起きていない。  そんな状態が二週間も続けば、徐々に注意力も低下してくるというものだ。  住宅街に小さな公園があった。  小さな砂場。  小さな滑り台。  小さなブランコ。  特に目新しい遊具のない、素朴な公園で、3人の女児が遊んでいた。  まだ小学校1年になったばかりのようだ。  元気に走り回りながら鬼ごっこをしている。  菅野(かんの)佳奈(かな)の両親は共働きだった。  父の帰りは遅く、一緒にいられるのは朝ごはんの時と、日曜くらいであった。  その分、母と一緒に居られる時間が多く、必然的にお母さん子になっていた。  母の仕事帰りは遅くない。  佳奈は家で待っているより外で帰りを待つというのも、早く母に会いたいというものからだった。  友達と公園で遊んでいると、迎えに来た母と一緒に帰るというのが日課だ。  いつものように母が来るのを待っていた。  他の2人の友達も似たようなものだ。  佳奈達の母親達は仲が良い。  よくお互いの家に行き来して夕食を共にしたりしていた。  3人が遊んでいると、一人、二人と友達は母親の迎えに来て帰っていく。 「じゃあね。佳奈ちゃん」  友達は、そう言って母親と手を繋いで帰っていく。  一人残された佳奈はボールを手に、手毬歌を口ずさみながら一人で遊ぶ。  でも、何となくつまらなくなった。 「お母さん。今日は、遅いな」  佳奈は呟くように言う。  仕方がないので、一人で遊ぶことにする。  ボールを滑り台の下から投げては転がってくるボールを受け取っては、また投げて返す。時には受けそこなって転がったボールを負いかけることもあっりしたが、それはそれで楽しいものだった。  ふと気がつけば、公園のベンチに一人の男が座っていた。  年齢は30代前半といったところだろうか。  背は高くないが筋肉質な体つきをしており、髪は長く後ろで束ねている。  一見するとホストのような雰囲気がある。  顔立ち自体は整っているのだが、表情からはどこか疲れたような印象を受ける。  仕事帰りなのかスーツ姿だ。  街の中心街ならともかく、こんな住宅街にホストのような男が公園にいるというのは、あまり似つかわしくないように思えた。 (変な人)  そう思いながらも佳奈は男の方を見ずに遊び続ける。  しばらくすると男はトランプの束を取り出すと、それを器用に扱い始めた。  左片手の中でカードを、本のページを捲るようにパラパラとめくっていく。 丁度半分になったところで、カードの山を2つに分けると、そのカードの山を今度は交互にかみ合わせアーチを作って、一つの束にする。  リフルシャッフル(曲芸的技法)というやつだ。  男は次にスプレッドと呼ばれるカードを扇状に広げたり、まとめたりしながら混ぜていく。  カードのたわみを利用し、手と手の間をカードが一枚一枚飛んでいく。スプリングと呼ばれる技法。  トランプマジックのテクニックだ。  佳奈はそれを食い入るように見つめていた。  何てことはないテクニックではあるが、佳奈にとっては魔法のように感じられてしまった。  まるで魔法使いに出会ったかのような錯覚を覚えてしまうほどに。 「ねえ。おじさん手品ができるの?」  佳奈は無邪気に話しかける。  しかし、男の方は佳奈に見向きもしない。  それどころか、こちらに気づいていないのかと思うほどだった。  だが、佳奈の声に反応したかのように、視線だけを向けてきた。  一瞬だけ目が合う。 「……オレは、おじさんじゃねえよ。お兄さんだ」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加