3 年下カレが甘える時

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***  翌朝、少しだけ家を早く出て、まずは壮真君と約束した場所に向かう。今日が関東の将棋会館での対局で良かった。もし関西だったら渡すことはできない。私はお弁当と一緒に買ったランチバッグを駅で待っていた壮真君に、挨拶をするよりも先に渡す。 「ありがとうございます!」  パッと輝くような笑顔を見せられると、何だか眩しくなってしまう。 「でも、あまり期待しないでね。すごくありきたりなおかずしか入ってないし……」 「亜美さんが作ってくれたって言うだけで嬉しいんです」 「ありがとう、あ、そうだ」  もっと大切な事を言うのを忘れていた。 「お誕生日おめでとう。今日、頑張ってね」  私がそう言うと、壮真君はあの大好きな笑顔を見せて深く頷いた。私たちはその場ですぐに別れて、私は会社に向かう。いつもより早起きしたから、会社についた時にはもう眠たくなっていた。けれど、始業の時間だけは背筋を伸ばした。私の始業と同時に、壮真君の対局が始まるから、カレの対局がある日は私も頑張らないと思ってしまう。どうか今日も勝ちますようにと小さく祈り、ブラックコーヒーを流し込みながら黙々と仕事をしていく。 「あれ? 今日お弁当なんだね」 「う、うん。ちょっとね」  昼休み、私はバッグからお弁当箱を取り出していた。壮真君のよりも一回り小さなそれに、余ったおかずを詰めてきた。いつも一緒にランチをしている同期は「すごいじゃん」なんて褒めてくれた。 「対局チェックしておかないと」  私はイヤホンを耳に入れて、ネットTVのアプリを開いた。壮真君の対局が配信される日で良かった。 「まだそこまで動きはない感じかなー」  持ち時間が長い対局の日は、午前中はスローペースで進むことが多い。まだまだ将棋は初心者、評価値でしか優劣の判断はできないけれど、そちらも動きはない。私はほっと一安心してから、SNSを開いた。今日の対局の事で調べると、結構いろんな人が話題にしていて勉強になる。お昼時に開いたものだから、SNSでは棋士のお昼ご飯の話題で盛り上がっていた。 「え、え、えーー!!」  ある呟きが目に留まった瞬間、私は大きな声で叫び出していた。静かだったフロアに私の叫び声が響き渡っていく。私は震え始める手で、【その情報】について調べ始めていた。 「ど、どうしてみんな、彼女の手作り弁当だって知ってるの……?」  私が見つけた呟き、それは壮真君のお弁当に関してだった。 《倉木七段、やっぱり彼女いたんだ》 《誕生日に彼女のお弁当とか羨ましいw》 《最近ファッションセンスが変わったのも彼女がきっかけ?》  それはSNSを飛び越えて、将棋に関するニュースをまとめているブログにまで飛び火していた。記事のタイトルは【倉木七段、今日の昼食は彼女の手作り弁当!】となっていて、コメント欄には「結婚間近?」なんて書いてある。私は壮真君に電話をしようと思ったけれど、あることに気づいて手をピタリと止めてしまった。 「スマホ、預けてるんだった!」  以前、対局中は会館の職員に預けているという話をしていた。だから、今電話をかけてもメッセージを送っても、カレに届くことはない。私は大きくため息をつく。 「対局終わったら、電話しよう」  すっかり気が抜けてしまい、お弁当も美味しいのかマズいのか分からなかった。SNSをどれだけさかのぼってみても、どうしてカレが持っているお弁当が私の手作りだとバレたきっかけは分からないまま。でも、きっと壮真君に聞けば……っ! 「って、どうして寝落ちしちゃうのよ! もぉー!」  気づけば、朝だった。私の手元には充電ケーブルに繋がったままのスマートフォン、外からは雀の軽やかな鳴き声が聞こえて、朝日がまぶしい。対局は深夜にまで及び、私はそれについていくことが出来ず眠気に負けてしまい、気づけば朝になっていた。慌てて壮真君の対局をチェックする、良かった、昨日は無事に勝利したみたいだった。
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