1 年下カレが眼鏡を外す時

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「笑う事ないじゃない」 「すみません。亜美さんのそういう素直なところ、僕、好きですよ。それに、大丈夫」  カレは私の手をきゅっと握る。熱いカレの体温が私に優しく染み渡っていくような気がした。 「僕はこんなにも亜美さんにメロメロなのに?」  そう言って、彼は私の手を持ち上げて指先に軽く口づけをした。私の胸はときめきを通り過ぎ、もうバクバクと秒針のように脈打つ心臓を落ち着かせるのに必死だった。 「ひ、人前っ!」  私は声を潜めて、カレから手を離す。 「大丈夫、誰も見てないですって。それじゃ、行きましょうか」  彼はいつの間にかコーヒーを飲み終えていた。私もそれに頷き、席を立つ。顔はまだ熱いし、おでこからは汗が滲み出ているような気がしてきた。目的地に向かうより先に化粧室でメイクが崩れていないか確認したい。けれど、カレは私の手を離すまいと言わんばかりにぎゅっと繋いでくるので、それを振り払う事は出来なかった。 「興味があるか分からないんだけど……」  私の職場で配られていた、美術館の特別展覧会の招待チケット。デートにどうぞと言われて渡されたそれを受付に出すと、パンフレットと共に中に案内された。展示室に向かうエスカレーターに乗りながらカレにそう尋ねる。面白くなかったらどうしよう、そんな不安があった。 「こういうところには普段来ないから、新鮮です」  そう言って柔らかく笑う彼に少しだけ救われたような気がした。展示室の中は静まり返ってして、口を開くのも憚られる。私たちは何も言わないまま、じっと絵を眺めていた。いわゆる印象派を呼ばれる絵画を見ている中で、何度か耳のあたりにちくりと刺さるような違和感を覚える。 (なに?)  とっさに壮真くんを見上げる。すると、カレと目が合った。ニコリと笑みを見せるカレは、ずっと絵ではなくて私を見ていたみたいだった。恥ずかしくて少しだけ離れるけれど、繋がった手は離されることなかった。展示を見ている間は終始そんな感じで、カレの視線は絵画と私を行ったり来たり。恥ずかしくて何度赤くなっただろう? すべての展示を見て美術館のホールに出た時には、私はまるでゆでタコみたいに真っ赤になっていたに違いない。ちょうどいいタイミングで壮真くんがお手洗いに行ってくれたから、私は空調にあたって熱くなり過ぎた体を冷ます。大きく息を吐いた瞬間、誰かに強く肩を掴まれた。 「ひっ!?」 「変な声出すなよ、渡瀬」  壮真くんだと思って振り返る、けれど、 私の肩を掴んだのはカレではなくて、同じ職場で働く男性の先輩だった。 「なんだ、先輩か」 職場であんなに招待チケットが配られたのだから、きっと誰かに出会うかもと思っていたけれど……この先輩だったとは。私、ちょっと苦手なんだよね。いつもすぐからかってくるし。 「渡瀬も来てたんだ。もう見た?」 「は、はい」 「どう? 面白かった?」  早く展示室の中に入ればいいのに。私はそう思いながらも悟られないように、適当な感想を口にする。話している内に、私たちに近づいて来る足音が聞こえてきた。今度こそ、と思って私は振り返り、ほっと胸を撫でおろす。やっと壮真くんが戻ってきてくれた。壮真くんは先輩を見て、訝しむように首を傾けるので私は軽く紹介した。 「え? 渡瀬の彼氏?」  先輩は驚いたような声をあげる。私は「はい」とだけ肯定した。 「え? お前彼氏いたんだ」
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