1 年下カレが眼鏡を外す時

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*** 「……朝?」  カーテンの隙間から漏れる朝日の眩しさに私は目を覚ます。節々が鈍く痛む体で伸びをして、私は起き上がった。隣で眠っていたはずの壮真君はもう起きている様子でベッドにはいなかった。私は昨晩の事を思い出して恥ずかしくなってしまっていたからちょうど良かった。結局シャワーの最中にも我慢できなくなって、さらにベッドでも求めあうなんて……思い出しただけで顔が真っ赤になるくらい恥ずかしい。私はベッドから出て、カレの部屋の寝室に置かせてもらっている自分用の部屋着を着た。そして、カレがいるであろうリビングに向かう。 「……あ」  おはようと言いかけて、私は口を噤んだ。壮真君は私が起きてきたことにも気づかないくらい真剣にテレビを見入っている。テレビは日曜日の朝に放送されている対局を流していた。そろそろ終盤らしく、持ち時間も少なくなっていて、パチパチという駒を打つ音だけが聞こえてきた。壮真君は息を殺してじっと対局を見つめている。私はカレの邪魔にならないように、そっと台所に向かう。台所の流しは綺麗なままで、壮真君もまだ朝食を取っていないことが分かる。私は冷蔵庫を開けて見つけた卵とハムを取り出して、ハムエッグを作って、トーストを焼く。  焼き上がったときに、ちょうど対局も終わったみたいだった。壮真君は何やら考えながら立ち上がる。 「わ! 亜美さん、起きてたんですか?」 「うん、おはよう」  壮真君はびっくりして目を丸めていた。カレの家に泊った時、日曜日は毎回こんな風に彼を驚かせてばかりだった。 「朝ご飯、できてるけど……」 「ありがとう。ごめん、全然気づかなかった」  食卓テーブルにお皿とコーヒーを淹れたマグカップを置いて、私たちはいただきますと手を合わせる。食事中も、壮真君はどこかうわの空だった。  おじいちゃんから聞いたことがある。将棋棋士は24時間365日、将棋のことばかりを考えているって。次の対局に勝つために寝る間を惜しんでまで研究する棋士や、歩いている時にも考えてしまいドブに落ちた棋士もいるらしい。  私は壮真君の顔を見つめた。将棋に打ち込む真剣な表情、視界に私は入っていない。カレと同じ時間を過ごすたびに好きな気持ちがどんどん増えていく。けれど、私が一緒にいることは、カレから研究の時間を奪うことになってしまうんじゃないか。付き合い始めてから、いつの間にかそんな不安が付きまとうようになっていた。  私はカレに気づかれぬようにため息を吐いた。パンを一口かじり、私は壮真君と出会った日の事を思い出していた。
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