10人が本棚に入れています
本棚に追加
かくて、長老は走る
『それで、どうなったの?』
問われた長老は、石棒を握りしめ、こう答えました。
『私は、ニンゲンを殺した。ルタがされたように、額をこれで撃ち抜いてやった。それを合図に、仲間たちがニンゲンに襲いかかった。私も、夢中で戦ったさ。自分のせいでこうなったと、本能的にわかったからね』
気付いたとき、地に倒れ伏したリーダー象の腹の下に、キランは匿われていました。
辺りは、象と人の無数の死体で埋め尽くされ、木々は燃えていました。キランも体のあちこちに怪我をしていましたが、一人で逃げるしかありませんでした。
『全てが灰になった。ルタも仲間も、帰っては来なかった。私は歩いて歩いて……今の、この群れにたどり着いた』
子どもたちは、誰からともなく長老に寄り添いました。彼らにとっては、自分の親たちが幼い頃から群れを導いてくれた守護者です。
どこにも安全な地はないという考えから、長老は「常に移動しながらの暮らし」を提唱してきました。その甲斐あって、群れは順調に仲間を増やし、優に百を超える大集団にまで育ったのです。
『あのとき、なぜニンゲンが襲ってきたか……母はなぜ殺されたのか、今もよく考えるよ。おいしいりんごをくれた、彼のこともね』
『私も食べてみたい、そのりんご!』
『ぼくも!』
長老は困ったように笑いました。
運良く、燃えている火を見つけることがあっても、りんごを放り込むと黒くなるだけで、とても食べられる味ではなくなってしまうのです。
叶うなら、あのおいしいりんごを、ルタや仲間たちに、一口でいいからあげたかった――長老は思いを巡らせ、そっと目を閉じようとしました。
ダーン!
しかし、木立を渡る風に乗って、この音が聞こえたからにはもう、ぼんやりしている暇はありません。
長老が『銃だ』とつぶやくと、子どもたちは『さっきのお話に出てきたやつ!』と口を揃えました。
『そうだ。当たるととても痛い。何度撃たれても、慣れるものではない』
『どうして、ニンゲンはぼくらを撃つの?』
『ルタなら知っていたかもしれないが、私にもわからないことだ。ともかく安全な場所へ。さっきの音がしなくなっても、しばらく出てきてはいけないよ』
音のした方へ、長老は石棒を握りしめて駆け出しました。すれ違う仲間たちに危険を知らせ、避難を促します。
『私が人間を引き付ける。子どもたちを連れて、森の奥へ!』
『我々も後から参ります!』
『ならん! 私だけで十分だ!』
ますます早く、長老は走りました。
頭上に広がる枝葉の隙間から差し込む月光を受け、体がかつてのようにまばゆく、白く輝くようでした。
最初のコメントを投稿しよう!