かくて、長老は走る

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かくて、長老は走る

『それで、どうなったの?』 問われた長老は、石棒を握りしめ、こう答えました。 『私は、ニンゲンを殺した。ルタがされたように、額をこれで撃ち抜いてやった。それを合図に、仲間たちがニンゲンに襲いかかった。私も、夢中で戦ったさ。自分のせいでこうなったと、本能的にわかったからね』 気付いたとき、地に倒れ伏したリーダー象の腹の下に、キランは匿われていました。 辺りは、象と人の無数の死体で埋め尽くされ、木々は燃えていました。キランも体のあちこちに怪我をしていましたが、一人で逃げるしかありませんでした。 『全てが灰になった。ルタも仲間も、帰っては来なかった。私は歩いて歩いて……今の、この群れにたどり着いた』 子どもたちは、誰からともなく長老に寄り添いました。彼らにとっては、自分の親たちが幼い頃から群れを導いてくれた守護者です。 どこにも安全な地はないという考えから、長老は「常に移動しながらの暮らし」を提唱してきました。その甲斐あって、群れは順調に仲間を増やし、優に百を超える大集団にまで育ったのです。 『あのとき、なぜニンゲンが襲ってきたか……母はなぜ殺されたのか、今もよく考えるよ。おいしいりんごをくれた、彼のこともね』 『私も食べてみたい、そのりんご!』 『ぼくも!』 長老は困ったように笑いました。 運良く、燃えている火を見つけることがあっても、りんごを放り込むと黒くなるだけで、とても食べられる味ではなくなってしまうのです。 叶うなら、あのおいしいりんごを、ルタや仲間たちに、一口でいいからあげたかった――長老は思いを巡らせ、そっと目を閉じようとしました。 ダーン! しかし、木立を渡る風に乗って、この音が聞こえたからにはもう、ぼんやりしている暇はありません。 長老が『銃だ』とつぶやくと、子どもたちは『さっきのお話に出てきたやつ!』と口を揃えました。 『そうだ。当たるととても痛い。何度撃たれても、慣れるものではない』 『どうして、ニンゲンはぼくらを撃つの?』 『ルタなら知っていたかもしれないが、私にもわからないことだ。ともかく安全な場所へ。さっきの音がしなくなっても、しばらく出てきてはいけないよ』 音のした方へ、長老は石棒を握りしめて駆け出しました。すれ違う仲間たちに危険を知らせ、避難を促します。 『私が人間を引き付ける。子どもたちを連れて、森の奥へ!』 『我々も後から参ります!』 『ならん! 私だけで十分だ!』 ますます早く、長老は走りました。 頭上に広がる枝葉の隙間から差し込む月光を受け、体がかつてのようにまばゆく、白く輝くようでした。
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