その6・杉山さんとお弁当

8/10

266人が本棚に入れています
本棚に追加
/68ページ
「私、広瀬先輩がおられたからこの部署に配属されたんだそうです」  杉山さんが唐突に話しかけてくる。 「え?」 「広瀬先輩の事務処理能力の高さはとても評価されてて、きっと勉強になるからって」 「ひょ、評価とか、全然……」 「あれ? 言われてないんですか?」  寝耳に水だ。そんなの全然知らなかった。 「だから、入社前から広瀬先輩のこと、憧れてました。先輩みたいに仕事できるようになりたいなって。実際は全然だめですけど」  そう言って杉山さんは苦笑する。 「先輩に、ずっと謝りたかったんです」 「……何を?」 「ご迷惑をおかけしてばかりなことを」 「め、迷惑とか……」  思ってないよ、とは、申し訳ないけど言い切れなかった。  杉山さんはしょんぼりした様子で続ける。 「戸田先輩はクールだし、相手にされなかったとしても仕方ないなって思ったんです。広瀬先輩は、仕事もバリバリこなす上に、誰に対してもとても感じがよい方なのに、時間が経つにつれて表情がなくなっていって……。こんなできた方をいらつかせてしまうくらい、私がダメなんだなって、思って。なんとか挽回しようとがんばればがんばるほど、あせってミスしてしまって……」  なるべく淡々と接しているつもりだった。面と向かって叱責したことは一度もない。失敗があまりにもひどい時は、件の残業の時のようにさっさと交代した。  でも私の気持ちはバレてた。  彼女は何も考えずに笑顔でいた訳じゃなかったんだ。
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

266人が本棚に入れています
本棚に追加