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もっとふれたくて、たまらなくなって、どちらからともなくくちづけを交わした。今までもっと濃厚なキスはたくさんした。でも、この、ふれるだけのくちづけがたまらなく甘美で。佐藤の熱と湿度と感触を、ゆっくりと味わう。
「初めて、キスした気がした」
「俺も」
「私達、台所で立ちっぱなしだね」
「ほんとだ」
「ちゃんと部屋に入ろう」
「うん」
そう言った佐藤の表情は、すっかり笑顔に戻っていた。
とりあえず、寛いでもらおうと、背広を脱いで座ってもらった。背広をハンガーに掛けると私も横に座る。
牛丼屋と同じ並びなのに、全然気持ちが違う。言葉がなくても空気が心地よい。
「好きとか愛してるとかは、口にすると価値が下がる、みたいに思ってる男の人、結構いるから、言いたくなかったの、わかる気がするんだ」
そう言って私は佐藤の方を見る。
「でも、名前は?」
そういう人でも、名前くらいは呼ぶ気がする。なんでかたくなに呼ばなかったんだろう。
「……名前、呼ばれたくないのかと思ってた」
しばらく口を半開きにしていた佐藤が、ぼそりと言う。
「なんで?」
「俺のこと、ずっと、佐藤って呼ぶから」
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